僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-16
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風呂に入ろうとしたら外から物音がした。ついで男の人の声が聞こえたのだ。
――もしかして覗き?
そう思ったらいてもたってもいられず、澪は濡れた髪もそこそこにタオル一枚で脱衣場を飛び出した。
「で、僕にどうしろって……?」
いつもなら変なところに気がつく真琴なのに、こういう時だけ妙に勘が鈍い。
「だから、あたしがお風呂入ってる間、外で見張っててよ」
「えー、そんな〜」
「だって、海水がべとつくし、これじゃ寝られないよ」
「寝ないんじゃないの?」
「いいの。あんたは見張ってなさい!」
揚げ足を取られた澪は理屈っぽい幼馴染の耳を引っ張ると、そのまま脱衣所へと連れて行った。
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「いい? 絶対に居てよ?」
「うん、分かってるよ」
スモークガラス越しに会話する二人。
澪はようやく落ち着いたらしく、シャワー片手に髪に絡みついた塩分を洗い流していく。
そもそもこの無駄に広い浴場がいけない。浴槽だけで三畳程度、洗い場はさらに五畳。カランの前立てば背後が無限に気になってしまう。
つくづく自分は小市民と思う澪であった。
「んー」
「どうしたの澪?」
「目にシャンプー入った……」
「そ」
大したことないと肩を竦める様子がモザイク越しに見える。けれど澪にとってみれば一大事であり、さらに弱り目には祟り目が重なり……、
「ん? なに? これ……!」
「どうしたの澪?」
「わ、わ、わ、真琴、来て、あたし、駄目なの……」
「来て」の言葉にガラリと戸が開く。Tシャツ、トランクス姿の真琴が駆け出し、水道の下を指差す澪に駆け寄る。
「く、蜘蛛……、蜘蛛なの……」
よく目を凝らすと足の長い蜘蛛が流れるお湯を避けるようにタイルの上を闊歩していた。
田舎に居る蜘蛛は何故こうも大きくなるのだろうと思いつつ、真琴は桶に誘導し、窓を開けて蜘蛛を放していた。
「はあ……怖かった」
「あはは、澪ってば可愛い。蜘蛛に怯えちゃってさ……」
「しょうがないじゃない、苦手なんだから……」
生意気を言う幼馴染に鉄槌とばかりに桶の水をバシャリ!
「うわ! ととっと……!」
不意打ちに足を滑らせた真琴は大浴場にお尻からボッチャン!
「もう、酷いよ澪……」
「ふんだ、乙女を哂った罰。自業自得よ……あ、こっち見るなー」
びしょ濡れになった真琴の恨めしそうな視線を感じ、澪は手で胸を隠し、内股になる。