僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-12
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夕食が済むと久弥は紗江に手を引かれ、そうそうに部屋に戻っていった。本人は弱々しい老人を演じているつもりなのだろうけれど、若い娘と手を繋ぐスケベジジイにしか見えなかった。
弥彦は料理を全部平らげたあと、絵を睨みつけて何処かへ向い、公子もまたそれに倣っていた。
「和弥おじ様は行かないの?」
ビールを飲み続ける和弥はタバコを吸いたいのか右手でテーブルの上をトントンと叩いており、落ち着かない様子。
「ああ、どうせ父さんは俺に相続させるつもりだろうからな」
傲慢とも取れる発言だが、当人はどこかつまらなさそうにしている。
ペンションの相続といえば単純に資産が増えることでもあり、喜ばしいことなのではと澪は頭を捻る。
「嬉しくないんですか?」
「ああ? まあ、そうだな。これは推測だが、多分相続に条件をつけてくると思うよ。処分はワシが死ぬまで許可しないとかな」
美羽が運んできた海産煎餅を割りながら言う和弥。
「冗談じゃないよ。こっちは仕事が忙しいっていうのに、さらに赤字ペンションの経営なんて……」
喉をゴクゴク鳴らしながらグラスを呷る。理恵がお代わりを勧めるとグラスを傾け、ついでに彼女にも勧める。
「いいの? 理恵さん」
「硬いこと言わないの。数え年ならニ十だし」
ようやくありつけたアルコールに上機嫌の理恵は口を付けゴクリと呷る。
「でもお返しが見つかればいんじゃないんですか?」
「ああ、だが、親父だってずっと探していたんだろ? あの話だと親父が子供の頃のことだし、多分半世紀前のことだぞ?」
五十年近く前の遺物を探せと言えばそれは確かに無理なこと。ペンション自体改装を重ねているらしく、場合によっては工事のさなか紛失されたことも考えられる。
「そうですか。でも一応探してみますね」
真琴は食堂にある例の絵に歩み寄り、携帯電話で写真を撮ると、そのまま食堂を出て行ってしまう。
澪も追いかけるべきかと悩んだが、色とりどりのワインを見ているとこっそり味見してみたいという欲求が生まれてくる。
「そうかい? まあ、せっかく来たんだから老人の思い出に時間を費やすよりも、楽しい思い出を作っていってもらいたいのだがな……」
頬を赤く染めた和弥は上機嫌な様子で理恵に別のワインを勧めていた。
「理恵さん、あたしにも……」
グラスを差し出す澪に対し、理恵はふふっと笑い、
「お酒は二十歳になってから……」
世の無情、矛盾を感じるには充分な計らいであった。