僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-11
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公子が腕を振るって作った夕飯はどれも美味しく、スズキの串焼きは一見手が込んでみえないが、開きになっており、内臓と一緒に取り除かれた骨の代わりにシソと昆布のうまみが添えられた練梅が甘ずっぱく、表面の焦げた塩がそれを引き出していた。
「スズキがこんなにおいしいなんて、料亭のメニューみたいです」
料亭など行ったことも無い真琴が感心したように呟く。けれどそれは他の面々も同じ感想らしく、つまらない魚と評価していた和弥でさえも「これは旨い」と舌鼓を打っていた。
「料亭っていうか、料亭で学んだんだけどね」
得意げな公子は刺身と合いそうにない赤ワインをくゆらせている。
「そういえば公子、お前仕事は……?」
「えへへ、辞めちゃった……」
舌をぺロリと出す公子にやれやれという風の和弥。
「なんだよ。今度宴会に使おうって思ってたのに……」
残念だと言いながらどんどん料理を平らげる弥彦は、どれを食べても旨いを繰り返す。
「ふむ。まあ若い頃の苦労は買ってでもするべきだが、安易な逃げはよくないぞ」
「だってぇ、料理長のセクハラが酷くってさ……私何回もお尻触られて、その気もないのに誘ってくるしさ、うざくなって……」
「まあ男所帯の仕事場ではそれも仕方あるまい。お前が選んだ仕事なのだ。妥協するのは感心しないな」
矍鑠とした態度の久弥は年の離れた娘を低い声でしかりつける。
「ごめんなさい」
「……ちなみに、その料理長、名前はなんという?」
「え? ああ、佐々木隆一っていうけど……」
「まだそこで働いているのかね?」
「多分……」
「そうか……ふふ……わかった」
意味深な含み笑いに澪も真琴も背筋が寒くなるのを覚えつつ、この一族に下手に逆らわないほうがよいと学ぶ。
「でも叔母様、とても料理が上手だし、どこでもすぐに雇ってもらえますわ」
「ありがとう、理恵ちゃん。でも叔母様はやめてよね。あたしまだ二九よ? 叔母さんはあと一年待ってくれないかしら?」
三十路一歩手前の公子はまだニ十で通るほどの肌をしており、服装のせいで隠れているが、たまに腰を捩るときの仕草がセクシーだった。
「なら、公子お姉さまね」
「あら可愛い姪ね」
「公子お姉さま、私にも一杯……」
ウーロン茶を飲み干したグラスを差し出すも、ワインボトルはそっぽを向けられる。
「お酒は二十歳になってから……もう一年待ちましょうか?」
「あらら、せっかくお姉さまと飲みたかったんだけど……、しょうがない、来年おばさんと一緒に飲みますわ……」
「もう、可愛くない子ね」
そういうと公子はつまらなそうにグラスを煽った。
「ふふふ、公子、一本取られたな」
久弥にしてみればどちらも可愛い娘と孫らしく、二人の掛け合いを楽しそうに見つめていた。