僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-10
「うむ。じゃが、ここはワシにとっても思い入れのある場所。そこをよく理解してくれるものに相続してもらいたい」
「……ペンションの相続なんて、なんか雲の上の話ね……」
「……うん。僕らには関係ない世界だよ……」
乾杯を待つ二人にしてみればペンションの経営よりも、目の前のご馳走が冷めないか気になってしまう。
「考えたのじゃが、昔この診療所でお世話になった人がいてな、その人が……これ、紗江君」
「はい……」
紗江と呼ばれる従業員が持ち出してきたのは立派な額縁に入った陳腐な絵。
中央に松林があり、その両脇に灯台が立っている。構図はシンメトリーではなく、灯台の高さが違い、他にも陰影などがでたらめであった。
パステルカラーの絵の具はところどころ剥げており、青い空も若干黄ばんで見えるところから、値打ちものという印象もない。
「父さん、まさか買ったのか?」
「ワシの絵じゃ、馬鹿たれ」
「おじい様の絵でしたの……。でもそれがどうかしたの?」
「まあ聞け。その知り合いにこの絵をプレゼントしたんじゃが、彼女は私に対し「この絵の中央にお返ししておく」と言ったんじゃ」
「まさか親父、それを探せって言うのかい?」
呆気に取られる一同に対し鷹揚に頷く久弥。
「うむ。ワシの知り合いが隠したお返しとやらを見つけてきた者にこのペンションの相続権を与えよう。ただし、三日たっても見つからない場合は、ワシが指名しよう」
無茶な提案にも関わらず弥彦はやる気マンマンで拳を握る。
「父さん、それはもしかして……」
弟ののん気な態度に頭を抱える和弥に対し、久弥は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「ふふ、和弥、いつでも戻ってこいといっているはずじゃが?」
「父様、私が見つけた場合は……?」
条件に目を輝かせたのは弥彦だけではなく、公子もまた乗り気の様子で身を乗り出す。
「うむ。お前のものじゃな」
「じゃあ私が見つけた場合はどうします? 他にもこの子達が見つけた場合は?」
理恵は冗談交じりに真琴たちを指差して聞く。
「そうか、彼らが見つけた場合は……、理恵、お主の連れじゃからお前の手柄ということにしようかの」
「へー、それならがんばらないとね。期待してるわよ? 真琴君」
「え、そんな……」
相続ゲームに参加することとなった真琴たちは顔を見合わせてしまう。
「がんばるがよい、若者よ」
満足そうに笑う久弥に真琴はどことなく反発を覚えてしまう。
きっとこの子達に見つけられるはずが無い。そんな予想に対して。
「ええ、がんばりますよ。ね、澪」
「え? そう? うん、がんばってね」
どこか心ここにあらずな澪は部屋の隅を見たりと、何かに怯えている様子。
「よし、それでは諸君の健闘を祈って乾杯!」
久弥が高らかに掲げるグラスに向い、全員の視線が交差した……。