僕とあたしの海辺の事件慕 プロローグ「夏の日の午後」-4
――なんて言えばいんだろ。元気ですか? ちがうなあ。だって僕、梓さんを助けてあげられなかったし……。
推理の結果など寂しい男の独り言を暴く程度。悦に浸っていた自分が恥ずかしい。
そんな気持ちが渦巻いていた。
レンガ模様の塀は一般庶民の家を二つ分囲う程度に伸びており、鉄柵の向こうには二階建ての家が見える。
「ふう、なんでお金もちってこういう高い場所に家建てたいんでしょうね。こんなのメンドイだけじゃん」
額から流れる汗を拭き、ようやくたどり着いた正門前で愚痴る澪。彼女はインターホンを押し、来たことを告げる。
「やっほー、あたしよ、あたし。香川様のご到着よ〜」
『なにがご到着よ、待ってて、今行くから。玄関開いてるから中はいってて』
格式ばった門を開けていざお金持ちのお屋敷へ。
「へー、意外と普通なんだね」
てっきり三階建てで池完備と思っていた真琴からすると、そんな感想であった。
けれど遠目に見える建物はやはり一般家庭を乖離しており、大理石仕立ての重厚な玄関とバーベキューができそうな広さをもつ中庭、クモリ一つ無い窓からは家の中の様子が見え、お手伝いらしき人がエプロン姿で掃除をしていた。
――真奈美さん、まだ働いていたんだ。やっぱり忘れられないのかな……。
かつての日記の内容を思い出しつつ、忘れるべきことであると意識を別に向ける。
手入れの行き届いた庭は色とりどりの花が咲き、澪は鼻をヒクヒクとさせていた。
玄関には大理石に似合わないインターホンがあり、澪は咳払いしてから鳴らす。
「はーい!」
中からは元気のよい声とどたどたという足音が近づいてきて、バーンと勢い良くドアが開く。
「きゃ! 危ないじゃない……」
飛び出してきた梓に澪は驚きの声を上げる。
「あ、梓さん?」
夏らしい淡い水色のチュニックは肩の辺りで止められており、肩と首周りから白い肌を見せている。少し膨らんだ胸元に影が出来そうなところを見ると、これから先、彼女も姉と同じくらいの成長をみせるのかもしれない。
「あら、真琴君も来てくれてたの? もう、それならもっとオシャレすればよかったかも……」
困ったように胸元を隠す梓に、澪は「隠すほど無いでしょ?」と半眼を向ける。するといつものように「澪よりはあるわよ」と切り返す。その様子は夏休み前の教室で見た光景。
もしかしたら彼女は既に乗り越えたのだろうか? それとも二人に気を遣っての強がりなのか?
――僕は馬鹿だ。こんなこともわからないなんてさ……。
彼女が立ち直っていてほしいというのはあくまでも真琴の願望でしかないのだから……。