思い出=とても大切なもの-3
3 「死になさいっ!!」
その日、俺の目の前で金属バットを大上段に構えて振り下ろす人が現れた。
「わあぁぁぁぁぁ!?し、白木さん!?」
間一髪で避けた。バットが椅子に当たって凄い音が響いた。
「昨日電話したら白雪、泣いてたわ!!『憲が別れるって言ってた』って言いながら!!今日、学校休んだのもアンタのせいよ!!」
こ、殺される!!
凄まじい殺気を放出しながら、白木さんが俺に近寄ってくる。
「ストップストップ!!待った待った白木さん!!」
危うい所を独が止めた。周りには人だかり。しかも、俺と白雪が別れたと言う話でめちゃめちゃざわついてる。
「高坂くん、貴方もこいつの肩を持つの!?白雪も酷い仕打ちを受けたのに、こいつは悪くないって言うし!!あぁ、もう!!」
「実はかくかくしかじかで……」
「え……まるまるうまうまだったの!?」
よくある省略言語を用いて独は白木さんの誤解を解いていく。
ってか、マジで殺されるかと思った。まだ心臓がバクついてる。
それにしても、白木さんもやっぱり白雪の事を本当に大切に思ってるんだな。
「なんだ。早く言いなさいよ。危うく殺すとこだったじゃない」
独との会話で誤解を悟った白木さんが俺に向き直ってそう言った。
「……あはは」
本気で殺すつもりだったのか。
「それにしても、記憶を取り戻すのってどうすればいいのかしらね。オーソドックスに殴ってみる?ちょうどバットあるし」
さらっと怖い事言うよな、白木さんって。
「記憶を取り戻す前に命を落としそうなんですが」
「一般的には、ふとしたキッカケで戻るらしいなぁ。昔やった事を再現するとか」
独がそう呟いた。
「え〜、じゃあもう一度白雪に告白されるとか?無理よ。白雪、すっごく落ち込んでるもの」
……白雪。落ち込んだ白雪は想像できない。つまり、それほど有り得ない事を俺は白雪にさせてしまってる。罪深い。
「……そういえば」
ふと、昨日何か記憶を戻す上でのキッカケになりそうな物を部屋であさってた時に見つけた物を思い出した。
「なに…?」
独と白木さんの目が俺を見る。
「昨日こんなのを見つけたんだけど……」
独か白木さん辺りなら知ってるかもと持って来たのは正解だったかな。
ポケットから一枚の折り畳んだ紙を取り出して、机の上に広げる。
「お前……これ矢城のラブレターじゃねぇか!!」
「そうよ。この字は白雪のよ」
あぁ、やっぱり。社会的に殺すとか書いてあるから脅迫文かとも思ったが、やっぱりラブレターだったのか。
「この『桜の木』ってどれか分かるか?」
多分、俺はこの『桜の木』の下で白雪に付き合うことになったはずだ。そこに行けば、あるいは……。
「校庭の隅は桜並木なのよ。一本一本なんてやってたら多分衝撃が薄くなって思い出せないかも」
そう、白木さんの言う通り。そこが問題だ。俺はどれが白雪との『思い出の桜』かわからない。一番最初にそこに行ければ……もしかしたら。
その時、考え込んでた独が口を開いた。
「確か、南の端だ。憲を置いて帰るときに矢城がいたと思う」
それを聞くなり、俺は走った。もうすぐ授業だが、知ったことか。
俺が今、世界で一番大切に思ってるのは白雪なんだ。
廊下を走って、下駄箱まで来ると既視感を覚えた。
いや、思い出した。俺は確かにここで白雪のラブレターを見つけて読んで、固まった。
靴を履き替え、玄関を飛び出す。桜の木へ足が勝手に動く。体を覚えてるのかどうかわからないが。夢中で走った。
走ってる途中、桜の木の下に白雪がいたように見えた。これも思い出したんだ。あの日、白雪はあそこで俺を待ちながら桜の木に寄りかかってた。
桜の木の下につく。
頭の奥にかかっていた靄が晴れていくような気がした。
『あ、アタシと、つ、付き合え!!……じゃなくて、付き合って……くれ、太田』
あの時の……俺の前で顔を赤くして告白してくれた白雪の幻が俺の前にいた。幻がすぅっと消えていくと同時に、頭の奥の靄が完全に晴れた。
「……思い出した」
白雪、思い出したよ。俺たちのファーストキスも舞姫祭の花火も、なにもかも。
こうしちゃいられん。後ろでチャイムが鳴るのも構わずに、俺は自転車置き場に置いてある愛チャリに飛び乗る。
一応、独に代返と荷物をメールで頼み、俺は全速力で走り出した。昨日よりもなお速く。