3rd_Story〜絵画と2つの裏向く名前〜-8
「なるほど。色々と穴はありますが、及第点といったところでしょうか」
その答えに、今度は里紅が眉をひそめた。
「どうしてこんな所に?」
里紅は、最初の質問を繰り返す。
「君が来ると思ったからですよ、朝月里紅君。君の中もいるのでしょう? <彼>が」
<彼>。それは時々、里紅の中で勝手に話し出す事がある。大抵、何か答えを見つけようとしている時、集中している時に現れるのだが、赤屋の言葉が指しているのは、おそらく、否、確実に里紅の中に存在しているソレのことだ。そう言い切れるのは、里紅もまた、赤屋の中に<彼>の存在を感じたから。初めて展示場で目を合わせた時に感じた違和感は、ソレが原因だったのだ。
「君も私の中に<彼>の存在を感じた。だから私が犯人だと思った。違いますか?」
「ええ、その通りです。あなた方の誰が主犯かまでは分かりませんでした。でも、あなたの中の<彼>が教えてくれたんです」
「何を?」
「あなたがやったって。あなたが絵画を燃やしたんだって」
里紅の応えはどうやら赤屋の予想通りだったらしい。その顔には歪んだ笑みがあった。
「へえ、そうですか。それはそれは」
「別に今更ファンタジーに移行しようだなんて思ってません。これは一応推理モノですから。納得のいく答えがソレだっただけです」
赤屋をまっすぐ睨みつける。
「それと」
その目には、怒りの感情が浮かんでいた。
「俺、あなたの事、嫌いです」
「私は好きですよ、あなたの事」
赤屋は嗤った。嗤い出した。何がそんなに可笑しいのか。嫌いだと言われた事か。それとも<彼>がそうさせているのか。里紅には、その笑い声さえも怒りの対象となる。それも<彼>の仕業なのかもしれない。同属嫌悪。或いは同族嫌悪。
「――それじゃあ、またどこかで」
赤屋はそう言って、里紅の横を通り、出口へと歩いていった。広間から出る直前、里紅が話しかける。
「名前、教えてもらえますか?」
「名前?」
「はい、名前を」
「……赤屋、護」
そう応えて、赤屋は広間から去っていった。窓からはいつの間にか、オレンジ色の夕日が差し込んでいた。
6.Tails
目の前で、山積みにされた18点の絵画が、炎々と燃えている。今いる廃墟の周りは森や瓦礫ばかりなので、誰かに見られる心配は無い。
展示されていた絵画がレプリカである可能性を、あの少年は疑っただろうか。きっと、気付いたはずだ。いや、例え彼が気付かなくとも、その中で存在している<彼>には分かっていたはずだ。レプリカ。贋物。偽者。本物にとても近い存在でありながら、決してイコールでは結ばれない。絶対的に、違うモノ。
あの少年の中に存在する<彼>はホンモノだ。そして、それを内に存在させるあの少年も、ホンモノだ。ホンモノの、存在だ。
だからだろうか、2人の名前の関係に、少年は気付いた。どうやって彼女の名前を知ったのかは分からないが、気付いた。
「姉さん」
目の前の絵画はそのほとんどが燃えてしまっていた。立ち上る煙は、天井に空いた穴から、空へと向かっている。それはまるで、彼女の下へと還るかの様に。
風が、煙を燻らせた。
「さようなら」