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そこに海はなかった
【その他 恋愛小説】

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そこに海はなかった-3

 だけど---。と、考えてしまう。考えた末に辿り着く答えは、いつも同じだ。
 ---少し、疲れているのだ、と。と、同時に、彼のこと。
 もしも、と。
 もしも、彼と出会わなかったら、今の自分はあっただろうか。大きな夢と希望に向かって頑張れただろうか。人一倍、控え目な性格の優希が、こんなにも競争の熾烈な世界の扉を開くことが出来たのは、もちろん彼女の努力と苦労の繰り返しの結果ではあるけれど、あんなにも頑張って、頑張り続けられたのは、彼の励ましと支え、そしてどんな時も一緒だったからかも知れない。そして同じ想いを抱いていたから。
 須田くんは、どうして商社マンになりたかったのだろう。そしてわたしは、どうして、この仕事を選んだのだろうか。
<優希がキャビンアテンダント。で、オレが国際ビジネスマン。トレンドドラマじゃん>
 大きな夢。そう、夢だった。漠然と夢をみていたのだろうか。『かっこいいよな』
とか『誰でもなれないよな』とか、『年収凄いよな、きっと』とか、とか……。そう、憧れだったのかも知れない。だけど、その夢も憧れも、一緒に分かち合うことが出来たから、頑張れたのではないのだろうか。先をゆく時間の方が長く、来た道を振り返るよりも先の道のりの方が遥かに長い。先の道のりが充分にあるからこそ、夢や憧れを抱き、掴みとることができるのだ。
 シャワーの蛇口を閉じる。
 髪を伝い落ちる雫をみつめながら、今日の最終フライトで、搭乗客の襟元にあった社章にひどく目を惹かれていた自分、無意識にいつもそれを探していたことを今、優希は、はっきりと気づいた。




「終電に間に合うかな」
 課長随行でクレーム処理の後、接待を終えた高志は、駅に向かって急いだ。
 高志は歩きながら、今日を思い出すだけで卑屈になっていく自分を感じた。
「どうして、オレのミスなんだよ! 課長アンタだろ。ろくに説明もしないで、やってみろってか---。挙句の果てに、自分のミスを押し付けやがって。これが憧れた商社マンの実態かよ---」
 駅に着くと、終電は出た後だった。駅員が改札にシャッターを下ろす。静まり返った周囲に油の切れた音が響き、改札の屋根にいた野良猫が慌てて逃げて行く。
入社して五年で主任の名刺はもらったけれど、世界を飛び回るビジネスマンには、ほど遠い自分に辟易する。同期で早いヤツはこの春に係長に昇進したことを思うと尚更気持ちが萎える。
「オレって、かっこ悪いよな……」
 閉まった改札の横にある自販機を目の端にとらえると、切れかかった蛍光灯が、せわしなく点滅していた。ポケットの小銭を取り出し、自販機に入れる。
 ネクタイを無造作に緩めると、自販機に並んでベンチに腰を下ろし、プルタブを開けると、オレンジの香がした。
「オレンジ、優希、好きだったな。お前って、すごいよ」
 高志は、オレンジジュースを飲み干すと、空き缶入れに投げ捨てて、タクシー乗り場に向かった。「さぁ、早く帰ろう。明日から、香港への出張だ。課長随行だけど---」

 翌日の空港はさほど混んではなかった。中央ゲートの前にある時計の近くで既に課長は待っていた。貧弱な体躯に不釣合いな大きなバゲージだ。薄い頭髪に銀縁眼鏡が嫌味だ。
 高志は、足早に課長に駆け寄った。
「おはようございます。 どうもすみません」
「おはよう。上司を待たすか、お前は! チェックインするぞ」 
 好きになれない課長だと思った。
 チェックインを済ませ、通関にもさほど時間は掛からなかった。
 今回の出張に、高志は、密かな期待を寄せていた。もしかしたら、機内で優希に会えるかもしれない。彼女が勤める航空会社のカウンターで、チェックインしてから更に妄想とも思える期待は高まった。搭乗するまでの一時間余りがあまりにも長く感じられた。
もしも、機内で、優希と会えたら---。そんな---偶然なんてありえない。
 それでも、もしも会えたら……。


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