魔性の仔Last-1
道が徐々に視界を遮る。山道への入口へと差し掛かった。
ヘッドライトに照らさし出された折れ曲がった路面を、クルマは縫うように駆け上がって行く。
「まったく。刈谷さんったら、連絡もよこさないで…」
早紀は運転しながら悪態をたれた。
昨日、刈谷とのやり取りで、中尊寺の新作に使う丁装用下絵の候補が数点でき上がった。
そのことを知らせるべく、昼過ぎから携帯にかけているのだがいっこうに繋がらない。
仕方なく、以前、刈谷から教えられた中尊寺の別宅に連絡を入れたが、こちらも不通だった。
業を煮やした彼女は、業務を終えてからサンプル画を持って 別宅へと向かったわけだ。
山のおもて面を登りきり、向こう側にある別宅にたどり着いた頃には、夜もかなり更けていた。
「…こんな山奥に…」
ひとつの道路灯もない真っ暗な場所に、煌々とした外灯に浮かびあがる中尊寺の別宅。
斜面に設けられた建家部と、そこから10メートルはある下へと伸びる木製の階段。
(とても別宅なんて規模じゃないわ…)
選ばれた者の生活レベルの高さに早紀は驚きを覚えつつ、クルマを降りると階段へと足を踏み出した。
明日も仕事が待っている。クルマで1時間以上掛かるこの場所に長居している暇はない。
まして、刈谷とのわだかまりが拭い去られたわけでもない今、さっさと事を済ませたかった。
暗い階段。早紀はおぼつかない足取りで玄関前にたどり着いた。
「こんばんはッ、中尊寺先生ッ、いらっしゃいますかァ」
早紀はノッカーを鳴らしながら呼んだ。が、内側からは何の反応もなかった。
「先生ッ!講文社の藤沢ですッ」
今度はもっと強い力でノッカーを鳴らすと、出来るだけ大きな声で呼び続けたが、やはり応答は返ってこなかった。
「先生ッ!いらっしゃ…!」
なおも呼ぼうとした時、ドアの取手に手を掛けた。
すると、ドアが僅かに動くではないか。施錠されてなかったのだ。
「…?」
ゆっくりとドアを開くと、目の前に広いウェイティング・ルームがあり、部屋に通じる廊下や2階の一部が見てとれる。
しかし、居るべきはずの中尊寺も、刈谷も女の子の姿もなかった。
(ひょっとして、あの子に何かあったんじゃ…。そういえば刈谷さんのクルマも無いし…)
早紀の中に不安がよぎる。
「先生ッ!入りますよッ」
彼女は事実を確かめるため、意を決してドアから1歩、中に踏み入った。
途端に、異様な臭いが鼻孔をついた。──何かわからないが、不快だというのは分かる。
「中尊寺先生ッ!刈谷さん!」
早紀は1歩、また1歩と奥へと進み、誰か居ないのかと部屋内を確かめていった。それはまるで、何かの力に吸い寄せられるかのように。
客室やキッチン、バスルームなど下の階をさんざん探して誰も居ないと分かると、2階へと続く階段を駆け上った。