やっぱすっきゃねん!VK-14
「レギュラーを落とされて落ち込んでたオレに、父ちゃんが云ったんだ。“才能がないヤツは、人の2倍も3倍も努力しろ”って。
それからさ。学校から帰宅した時、休みの時も欠かさずバットを振ってんだ」
「ちょっと触っていい?」
佳代は秋川の手を取った。ぶ厚い掌にできた硬いマメは、振り続けた回数の多さを如実に表していた。
「コイツだってそうなんだぜ」
秋川は加賀を指差す。
「おまえからライトのポジション奪ったけど、いつ奪い返されるかビクビクしてんだぜ」
「おまえ、うるせーよッ!」
加賀は恥ずかしさをごまかすように秋川の肩をひじで小突いた。
聞かされた佳代にすれば、信じられない話だ。
「それ、本当なの?」
普段は、自分のことなどめったに喋らない加賀は、バツの悪そうな顔でチラリと佳代の方を見ると、
「た、たまたまバッティングが良かったから使ってもらえてるとオレは思ってる…。
もともとはセンターの控えだからさ、ライトの守備じゃおまえや川畑ほど上手く守れない」
「だから休みの日には、近くの空地で、オレはラインドライブの打球ばっかり打たされてるよ」
秋川は、笑いながら加賀の肩をポンポンと叩いた。
片や気まずい顔、片や満面の笑みが佳代の方を見ている。そんな2人の姿は眩しく思え、同時に自分が恥ずかしくなった。
自らが置かれた立場を認識しつつ、さらに上を目指す2人からすれば、使ってもらうことに不満を持つ自分の、なんと浅はかなことよ。
(そうして、わたしは逃げ出しちゃった…)
そう考えた時、頭の中にもう一つの思いが浮かんだ。
「わたしッ、そろそろ行くねッ」
佳代は勢いよく席を立った。そんな姿に、秋川も加賀も顔を見合せた。
「行くって何処へ?」
「わかんない。とりあえず、県道を西に行ってみる」
「に、西に行くって…その先は海に出るだけだぞ」
海と聞いて、佳代の顔が輝やいた。
「じゃあ、そこまで行ってみるよッ!海なんて、小学生以来だしね」
「行くって、10キロ以上先なんだぞ」
「大丈夫だよ。3時間もありゃ着くから」
驚く2人を尻目に、佳代はポケットから財布を取り出した。
「ねえ、これって幾ら?」
残金1,000円足らず。不安気な顔で秋川に訊ねると、
「仲間から金は取れねえよ」
「それはダメだよッ!ちゃんともらってよ」
「そう思うんなら、次は家族の皆んなを連れて来てくれよ」
「でも…」
金を取ろうとしないことに困り果てる佳代。すると秋川は、親指で加賀の方を差した。
「コイツだってそうなんだぜ。練習して此処でメシを食ってくけど、金をもらったことなんてない。かわりに家族を連れで晩メシを食いに来てくれるんだ」
ここまで云われては致し方ない。佳代は財布を引っ込めた。
「わかった。今度は修も連れて来るから」
「ああ、よろしくな」
2人に軽く手を振ると勝手口から表に出た。
ムッとする空気が身体にまとわりつき、汗が吹き出してくる。
しかし、その表情に暗さはない。まるで道標を見つけた旅人のように、刻む足取りは軽やかだった。