「僕らのゆくえ エピローグ」-1
程なくして、私の熱は下がり、体調も元に戻った。
両親の留守中は、千比絽が甲斐甲斐しく、看病をしてくれた。
そして、私たちは受験生の長い冬を迎えた。
春なんて来ないように思っていたけれど、振り返ってみるとあっという間だったように感じる。
それは、私が春を迎えたくないと思っていたからかもしれない。
桜が霞のようにピンク色に煙る季節。
ひらひらと可憐な花弁がロンドのように舞い踊っている。
でもあの時、私の心は少しも晴れなかった。
結論から言うと、千比絽は第一志望である県外の高校に受かり、私は予定通り、自転車で20分という地元の高校へ通うことを決めた。
私は千比絽を前にして、幾度となくゴネたものだ。
美術部のある高校へ通えばいいじゃないかとか、もう今更出て行く必要はないとか。
私を好きなら尚更、ここにいて、と―。
でも千比絽は何だか憑き物が落ちたようにすっきりと、穏やかな顔をして言ったのだ。
「時子ちゃんのことだけじゃないんだ。本当に自分の好きことを、本格的に勉強してみたいと思って」
ひとりで大人になってしまったみたいで、私は千比絽が眩しかった。
ある春の、花曇りの日。
千比絽は家を出た。
見送りに玄関に出ていた両親の目を盗んで、階段の影に隠れ、千比絽はそっと私をハグした。
千比絽の腕の中は温かくて、もうその体温を容易に感じることが出来ないと思うと、離れがたくて仕方なかった。
もうあの、中学3年生の私の時間は返ってこない。
甘くて、残酷で、切なかった、私たちの時間―。
私はもう千比絽と姉弟の関係を築くことは出来ない。
それは、永遠に「弟」を失ったということだ。
とても寂しいけれど、姉に戻りたいとは思わない。
この、私たちの幼い想いのゆくえはまだ分からない。
だけど、ともかく私と千比絽は、一歩を踏み出したのだ。