「瓦礫のジェネレーション」-12
案の定、次の日になっても浩一から電話はなかった。その次の日も、さらに次の日も。待切れずに電話をかけてみる美咲だったが、聞こえるのは留守電の声だけだった。
(どうしちゃったんだろう、浩一さん)
美咲の中で不安が膨らむ。美咲の脳裏に、手を振り解いて自分だけ車の中へ逃げ込んだ浩一の姿が浮かぶ。
(あれはやっぱり私を見捨てて逃げたんだわ。でも、思い直して戻ってきてくれた筈。その証拠に、浄めてくれるって言って優しく抱いてくれたし……でも、だったらなぜその後連絡をくれないの?一番そばにいて欲しいときなのに、どうして私を不安な気持ちのまま放っておくの?)
やっと連絡が取れたのは10日もたってからだった。浩一の口調に明らかなよそよそしさを感じた美咲は、彼の心が既に自分にはないことをうすうす感じ取っていた。それでもなんとか次の日に会う約束を取り付けると、別れ話を切り出されることへの心の準備をした。もともとが気丈な性質の美咲だから惨めに取りすがって「捨てないで」などというのは性にあわない。もし何ごともなかったのだとしたら、相手の気持ちが自分から離れているのに気付いた時点で自分の側から別れを切り出していただろう。
(でも、なぜ「浄めてあげる」なんて言ったの?あれはこれからも大事に思ってくれるからじゃなかったのかしら…)
処女を失ったばかりの美咲にとって一連の出来ごとはやはり大きく、一縷の望みを捨て去ることができなかったのだ。その夜美咲は結局一睡もできなかった。
待ち合わせの場所に着いた時、いつもならギリギリに現れる浩一が珍しく先に着いていた。近所の喫茶店に入りコーヒーをオーダーする。浩一は明らかにそわそわした様子だ。
先に口を開いたのは美咲だった。
「どうして連絡くれなかったの?」
「ごめん」
と言ったきり、しばらくの沈黙。それから意を決した様に話し始める。
「あれからいろいろ考えたんだ。美咲ちゃんを守ってあげられなかったことは申し訳ないと思っている。あんなことになったのば僕にも責任があると思う。君も、僕といるとあのことを思い出して辛い想いをするんじゃないか。だったら僕と会わない方が、君もあのことを忘れられるんじゃないかと思ったんだ」
(……え?)
「僕はあんな惨いことを美咲ちゃんに思い出して欲しくないんだ。でも僕といる限り、君はきっとあの時のことを思い出すだろう。だったら、君のためにも、僕は君の前から姿を消した方がいいと思ったんだ」
「え?だって、あの時は、『僕が浄めてあげるから、早く忘れるんだ』って……」
「あの時はそれが一番いいと思った。ごめん、あの時は僕も動転していたんだ。あんなことをしたら美咲ちゃんが僕とあのことを結び付けて思い出してしまうのに、そこまで考えるられなかった。本当にごめん」
目の前で頭を下げる浩一の姿を美咲は呆然と見ていた。
(なんなの、この人……。私が好きだった浩一さんはこんな人だったの?「君のため」って何よそれ)
「そんなわけだから。美咲ちゃんには早くあんなことは忘れてほしい。だからもう、僕らは会わない方がいいと思うんだ」
「……わかったわ」
不安気だった浩一の表情がその瞬間、ほっとしたように明るくなるのがわかった。
(こんな最低の男を好きだったなんて、なんてバカだったんだろう)
美咲があっさりと別れを承諾したことで浩一は安心したのか、もうここに用はないとばかりに立ち上がった。
「じゃあ、これで。早く全部忘れてもとの美咲ちゃんに戻ってくれることを、僕も陰ながら祈ってるから」
ふたり分のコーヒー代をテーブルに置くと、足早に立ち去る浩一の姿を、美咲は怒りに燃えた目で見送っていた。
(こんな卑劣な男だったなんて。結局この人のしたことは、私が傷付いているのを知りながら、いいえ、傷付いているのに乗じて自分の欲望を満たしただけ。自分の欲望さえ満たされてしまえば、犯されて汚された女なんてもう用なしなのね。私は浩一さんにとっては、所詮その程度のものでしかなかったんだわ)
美咲の心の中に暗い炎がともった。