……タイッ!? 第四話「暴きタイッ!?」-46
「ね、君ってさ……」
「俺?」
「なんでもない」
「ずるいよ」
「君の真似」
「俺の真似」
「そ、でも赦してあげる」
「なんで」
「あたしも怖いから」
「うん」
街路樹の陰に隠れるも風に揺れた木々の間からは不自然な距離の二人が見える。
それは二人だけが知っていれば良い事で、強いて言えばあと三日で潰えるセミにだ
け見せていた……。
**――**
一人バスに揺られるのは寂しいもの。
特に合宿場に来る人など大学生ぐらいしかおらず、ほとんどは自転車、もしくはバ
イクだった。
――里美さんと……、しちゃった。
昨日の体験よりも淡く、時間にして数秒の行為。訪れる幸福感もそれほどでは無
い。
けれど、鮮明だった。
香る汗とシトラスの匂い。
引き締まった上半身とカサカサなジャージ。
柔らかく、少し乾いていたそれ。
――それぐらい、それぐらいなのに……。
紀夫は降りる駅間近になっても握り締めた手と自分に残る感触にしばし時間を忘れ
ていた。
**
すっかり乗り過ごしてしまった紀夫は家から一つ遠い駅でようやく下車し、そこか
ら電車で戻るという面倒な手順を踏んでいた。
時計は既に午後七時。電車のタイムラグのおかげですっかり遅くなってしまい、携
帯には母親からのメールが来ており、着信記録も一杯だった。
――母さんったら心配症だから。
彼の母親、島本夏江は彼同様考え込むタイプで、逆に父の島本隆一は奔放なタイ
プ。ひとまず話の分かりそうな父に合宿のことをメールで送り、返信を待つ。
しかし、ディスプレー右上には頼りない電池残量。あいにくのバッテリー切れにあ
い、返答は聞けずじまい。
公衆電話から連絡しようにも小銭は無く、千円札がある程度。
――仕方ない、急いで帰ろう……。
通りには会社帰りのサラリーマンが大勢おり、他にはこれから遊びに行く大学生が
駅に向かい混雑そのもの。例によって例のごとく流されてしまう紀夫は再びあの苦い
裏路地へとたどり着く。
――またかよ。でもま、先輩は……いない?
心配症は悪い癖と思いつつ周囲を見回すこと数回、ヒールの高い靴に苦戦する彼女
を見つけたとき、怒りに似た感情が芽生えたのは事実だった。