「僕らのゆくえ 5(時子)」-1
「じゃあ、行ってくるわね。戸締りしっかりね」
いってらっしゃいと言おうとして急に咳き込んだ。
「やあね。風邪ー?昨日、びしょ濡れで帰ってきたからじゃないの」
母さんが心配そうに眉を潜める。
「…ん、大丈夫」
両親が出ていくと、家は急に沈黙した。
千比絽は早くも学校に行く準備を済ませ、今にも出て行こうとしている。
まだ、随分早いのに。
私から逃れるように―。
「…千比絽、夕飯いる?」
無駄な抵抗と分かっていたけど、私は思い切って弟の背中に声をかけた。
緊張からか、また少し咳き込む。
すると、俄に千比絽が振り返った。
瞬間、目が合う―。
こうして、千比絽の瞳を受け止めるのは久しぶりで。
私の心臓がビクンと跳ねる。
だけど、千比絽の漆黒の眼差しが向いていたのは少しの間だけで、次の瞬間、ふいと元に向き直ってしまった。
「…いらないよ」
千比絽はそれだけをそっと呟いて、玄関の扉を開ける。
そしてもう、一度も振り返らず、出ていった。
私は、薄暗い玄関にぼんやり立ったまま、先ほどの出来事を反芻していた。
心臓が、まだドクドクと早鐘を打つ。
それが、やけに煩くて、わたしを落ち着かなくさせた。
千比絽の、もの言いた気な漆黒の瞳が頭から離れない。
私たち、姉弟のはずなのに―。