優しい人-1
ある日の放課後。
「それでさ〜、花梨ってば彼氏ができたって言ってすっごく顔赤くしてて。もうすっごく可愛くって」
広瀬思織は友人の恋愛話をしながら家に向かって歩いていた。
「それは本人も赤くなるよ。でもいいことだね」
隣を歩くのは思織の彼氏である沢岸優太である。二人は高校に入ってからすぐに知り合い、そして付き合いだしたのだ。思織は優太の優しさに惚れ、優太は思織のその想いに応えたのである。
「私もね、優太と付き合い始めた頃はあんなだったもん。まぁ今もそうなんだけどね」
思織は照れながらそう言った。
「ははっ、僕だってそうだよ。だって思織が初めての彼女だもん」
「今まで付き合ってとか言われたこと無いの?」
「んー…外見がイマイチだからなぁ…」
ちなみに優太の身長は158センチ、視力も悪く眼鏡着用である。
「そんなことないと思うんだけどな…?」
「思織にそう言ってもらえるだけで僕は嬉しいよ」
優太は思織の頭を優しく撫でた。思織の身長は140センチで、背が低めの優太でも充分撫でることができる。
「えへへっ、優太の手って暖かいよね〜」
思織は顔を赤くしながら、自分の頭に乗せられた優太の手を両手で握った。
と、ちょうどその時、二人の横を黒い乗用車が通り過ぎていった。だがその車は二人を抜かしたすぐ先で急停止したのである。
「?」
二人が不思議そうにその車を見ていると、後部座席の窓が開き、そこから若い男が顔を出した。
「よぉ!沢岸じゃねぇか。こんなとこで何してんだよ?」
嘲るような口調、茶髪に焼けた肌。年齢は二人と同じくらいだろうか?そう思織は思った。
「…チッ」
突然優太が舌打ちしたのを見て、思織は驚いた。思織が優太と出会って何ヶ月か経つが、今まで優太が舌打ちするのを見たことは一度たりとも無かったかからだ。
「どうした沢岸?中学生と仲良く下校か?」
「は?ちょっと、私は高校生…」
「思織、関わらない方がいいよ。帰ろう」
優太は思織の言葉を遮って背中を押して歩きだした。
その口調はいつもの優しく声では無く、低く、何かを抑えているような声だった。
「連れないなぁ…、俺とお前の仲じゃないか」
「その仲だから関わりたくないんだ」
「何だよ…んなこと言ってるならバラしちまうぜ?お前のこと」
「…うるさいっ」
車の横を通り過ぎる際のお互いの『口撃(こうげき)』。いつもの優太には見られないその『口撃』に、思織は少し恐怖を覚えた。
「優太〜…」
思織は優太の制服の袖を引っ張った。
「…ごめん、もう行こうね」
少しだが震えた思織の声のに、優太は落ち着きを取り戻した。
「逃げんのか?」
「…そう捉らえてもらっても構わない。だからもう僕らに関わらないでくれよ」
「まぁいいや。兄貴、だしてくれよ。またな沢岸」
男がそう言うと、車は走り去っていく。その車を優太はずっと睨みつけていた。
思織は今まで見たことの無い優太のその表情が怖くもあり、また心配でもあった。