恋人に捧げる舞子の物語(黎明編)(その2)-6
鞭を振るい続けたあなたに残ったもの…結局それは、与えられないということだった。
Sの夢からすっと覚めたように、あなたはある日突然、充たされない体を感じた。
そう…それは、恋人と別れたときと同じだった。外れた歯車が空回りをするように、あなたの中
で体の疼きと心が噛み合わなくなったとき、あなたは義父との関係をやめた。
その後あなたは恋人と出会い、荒く乱れた息をしながら、貪るように新たな性の快楽だけを求め
ていたのかもしれない。執拗に腰を振り、彼のものを奥深く呑み込みながらも、愛液に潤んだ肉
の喘ぎは、心の虚しさと反するように激しくなった。
恋人への愛、そして嫉妬…そんな言葉があなたにとって虚妄であることは、あなた自身がすでに
わかっていたことなのだ。あなたは、最初から不倫を望んでいた…その終わりの形がどうなるの
か最初からわかっていながら、あなたは彼の胸に抱かれたのだ。
あなたのマンションから見える猥雑な街の暗闇が、少しずつ白みを増していく。
ほの青い穏やかな風が、地の底から湧き上がるように吹き始めた。
首輪をつけ、全裸のままあなたはバルコニーの手すりに頬杖をつく。陰毛の先が微かに靡くのが
心地よかった。でもその風の音さえ、あなたをひとり残し、どこか遠くに去っていく。
まだ目覚めることのない静まりかえった街…あのときもこんな風景を見ていたような気がした。
「別れたいって言い出したのは、君のほうだぜ…」
「わたしたち、お互いのすべてが見えすぎているのよ…」
あなたは、怖くなったのだ…見えすぎるお互いの関係のその先にある闇が…。
恋人へのひたむきな心を自分の中に求めれば求めるほど、それは漠然と胸中に霞んでいく。
その霞んでいく幻影にあなたは苦しまなければならない…そして、そこに立ち止まる強さなど
あなたにはなかったのだ…。
「それでは、だめなのか…」
「だめなの…そう、やっぱりだめなのよ…私たち…」
あのときあなたは、一体何を考えていたのだろう。
背後から恋人にゆるやかに抱きよせられ、ゆっくりと髪をかきあげられながら、うなじに愛撫
を受けたあのとき…。
このバルコニーから見える白みを帯びた空から、あなたは恋人との記憶を際限もなくたぐり
寄せていた。そして、恋人が玄関の扉を閉めたあの最後の音だけが、今もまだ耳鳴りのように
あなたの脳裏に残っていた。
最後の夜の三日前に、酔った恋人はあなたを抱いた。嫌だった…初めて彼としたくないと
思った。