カウントダウン-2
ほら、また始まった。
いつものカウントダウン。
ごー、よん、さん、にぃ、いち
心の中で五つ数える。
そこでようやく、あたしの切望したものがやって来た。
乾いた唇。
先生のカサカサしてる唇の感触に、あたしの心は堪らなく安心する。
「五時か。もう帰りな」
唇が離れると、先生はポツリ呟いた。
あたしも壁時計に目をやると、短針は五時を指していた。部活動以外の生徒を帰宅を促す放送が、遠くで聞こえている。
先生はどこかに行く準備を始めたけれど、あたしはさっきのキスじゃまだ物足りないのに。
抗議を込めて、背広を整える先生の背中に声を掛けた。
「先生、まだいいじゃん」
「部活の顧問に行くんだよ」
「あたしも行こっかな」
「将棋部の見学して楽しいか?」
「…………やっぱ帰る」
不機嫌にそう返すと、先生はくくっと喉から小さく笑った。
「先生また明日ね」
ひらひらと手を振る先生を背に、あたしはそろりと周囲を窺いながら扉を開けて廊下に出た。
人の気配もなく、静まり返った廊下を歩く。
旧校舎の二階に位置する社会科準備室は、もともと数人で教師で使っていたものの、校舎が増設し便利が悪くなったことで、現在の利用者は世界史担当の教師―――先生だけになった。
便利が悪いとなれば、教師どころか生徒も必要以上に近寄らず、放課後ともなれば辺りは無人。
―――つまりは、あたしと先生の格好の逢い引き場所になってる。
ふと足を止めて振り返り、さっきまでいた準備室の寂れた扉を見つめた。
社会科準備室を出れば、あたしは生徒で、先生は教師。ただそれだけの関係に戻っちゃう。
あたし達は所謂恋人同士で、先生がこの高校赴任してから引力が働いたみたいに引き寄せられて、磁石みたいにくっ付いて離れなくなった。
もう二年も前の話になる。
気がつけば、あたしは卒業を間近に控えた高校三年生で、先生は二十六になった。
先生には譲治って渋くて格好いい名前があるけど、あたしはいつでも「先生」としか呼ばない。
「お前のことだから、二人っきりの時に名前で呼んだら絶対人がいる前でもつい癖で譲治って呼ぶだろ?だから先生で統一な」とは先生の弁。
律儀にそれを守るあたしは、中々素直だと思う。
あたし達が恋人同士になれるのは、社会科準備室と先生の家だけ。
高校教師と生徒の禁断の恋なんで、今どき昼ドラだってやらないメロドラマ。
それでも、好き。
さっきまで先生の体温を感じていた唇に指先でそっと触れる。先生の唇を潤したくて、たっぷりと塗っていたリップクリームが薄くなっている。
それだけで無性に嬉しくなって、同時に少し胸の奥が掴まれたみたいにきゅっと苦しくなった。