LAST DAY-1
【LAST DAY】
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「遼太郎、いいこと教えてあげるよ」
ある日もみじがそう言った。
「世界、終わるよ。今日が最後の日だよ。もう明日はこない。ぜんぶぜんぶ終わるんだ、だから」
僕は知らないうちに泣いてしまっていた。もみじがそっと僕の涙をその指で拭って、にっこり笑う。
「だから、もう、いいんだ。遼太郎のやりたいようにやればいいんだよ」
ずっとずっと頭の中で繰り返していた、はじめから終わりまで。
学校へ行くふりをして家をでる。大通りに入る前に明日香だけを学校へ行かせて家に戻る。裏口からはいって台所に回る。あいつはきっと居間でテレビをみているだろう。その背中に走って近づいて、振り向かれる前に刺してしまう。あとは簡単だ。あいつが明日香を殴るようにすればいい。悲鳴も聞かず止める声も聞かずにただ繰り返せばいい。何度も何度も刺せばいい。何も聞こえなくなるまで。辺りが真っ赤に染まるまで。それで終わり。僕らの不幸はいなくなる。
そんなイメージを繰り返して、いつもあいつを殺したところで、先に進めなくなってしまう。
そのあと、どうしよう。
殺したことを隠せるなんて思わない。僕は警察に連れて行かれるだろう。そしたら明日香はひとりぼっちになってしまう。なによりあいつを殺した僕を明日香はどう思うだろうか。僕がいなくなったあと誰にひきとられるんだろうか。人殺しの妹だといじめられたりしないだろうか。悲しい思いをしないだろうか。痛い思いをしないだろうか。
父親を殺すことで、僕の大切な妹は、本当に幸せになれるのだろうか。
「……あ」
とす、と畳に包丁が落ちてしまって、僕ははっと辺りを見渡す。目の前にうつぶせに倒れた男を真ん中にして、赤色がそこいら中を染めていた。真っ赤だ。てのひらを広げて、握って、開いて、ぬるぬると生暖かい液体がこぼれて、僕はそれを制服のズボンで拭った。
入学当時に買ったズボンはもう小さくなってしまって、二年にあがるとき母さんが新しいのを買ってくれたのだ。それを、中学卒業間近になった今もはき続けている。母さんがでていったときに、多分もう買ってもらえることはないだろうと思ったから、綺麗に使おうと心掛けてきた。だけど、もう大丈夫だから。どうせ明日で終わるのだから。