イライラ風船-3
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ある日、スズキが部屋の扉を開けたとき、異常な光景に目を疑った。
いつも見ていたヤマダは、いつの間にこんな姿になってしまったんだろう。
『お前どうしたんだよ。』
『仕方ないんですよ。』
そう答えたらしいヤマダの声は、おそらく少し残念そうだったが、肉が盛り上がった奇妙な顔からは表情が全く読み取れない。
スズキは、目の前の存在がかつてはヒトの形をしていたことが信じられなかった。
顔も胴体も膨れ上がって広がっている為に、首がどこにあったのかを思い出すことができない。
太い二の腕が衣服を窮屈そうに押し上げ、手首にはくっきりと一本のシワが出来ている。
指は先端まで丸まり、閉じることが出来ずに手の平が開きっぱなしになっている。
脚も同様だった。
太腿は丸太のようで、座り込んだ重力で左右にだらしなく広がっている。
しかし、何よりスズキが顔を歪めたのは、ヤマダの突き出た腹を見たときだった。
どれだけの体積を持て余しているのか、それは狭い部屋の真ん中で丘のように大きく盛り上がり、ヤマダが浅く息をつく度にはち切れそうになる。
『気味が悪い。』
スズキは吐き捨てるように言ったが、ヤマダは穏やかに笑った。
『もう私はこれまでですね。』
『これまで?』
ヤマダはスズキの方を向こうとしたが、膨れ上がった腹が邪魔をして起き上がることが出来ず、横たわったまま話を続けた。
『私は、あなたの話をこれ以上吸収できないんです。』
天井を見るヤマダの目は相変わらず穏やかで、なぜだか幸福感さえ漂わせていた。
『明日、あなたのクラスに転校生が来ます。
これからはその子に話すと良いでしょう。』
『何言ってるんだ?
こんな時期に転校生なんてくるわけないだろう。
訳の分からないことを言うなよ。』
見苦しい物体が僕の部屋にあるだけでも、ムカつくっていうのに。
『お前はなんて不気味なんだ。ああイライラする…』
スズキがそう言ったとたんに、ぱん!という破裂音が部屋に響いた。
スズキが思わず閉じた目を開けたとき、そこには誰もいなかった。
ヤマダは、風船のように割れてしまった。