操れるかも! 操られるかも!?-34
「……先輩は……どうなんですか?」
しばらくたって千佳が机の上に寝そべったまま話しかけ
てきた。
「……なにが?」
俺の問いに千佳は口を尖らせる。
「だから、その……私の事……」
千佳の言葉は先に進むほど声が小さくなっていく。
俺は千佳の頭を撫でながら答える。
「……千佳が、もう少し俺の側にいると言うなら、その間
に答えを考えといてやるよ」
「……意地悪ですね……そんなこと言ってると一生つきま
とっちゃいますよ」
俺は意外なほどその言葉に対して悩みはしなかった。
「ああ、そうしてくれ……」
俺の言葉を聞いた千佳は一瞬きょとんとした表情をした
後、みるみるうちに顔を真っ赤に染める。
「……うん、そうしてあげます……」
千佳は赤い頬で微笑みながらそう宣言した。
……………
それから一年後の夏
俺は大学に通っていた。俺でも受かる程度の。
野球もまだ続けていた。俺は弱小野球部の一年生エース
としてそれなりに野球を楽しんでいる。初めて味わうエー
スとしてのプレッシャーもこの程度ならかえって楽しい。
なによりも頻繁に試合に出られることが嬉しかった。
「……圭ちゃん、暇だねぇ……」
喫茶店のカウンターで美奈子が頬杖ついて手持ちぶさた
にしている。
「俺は別に暇ってわけじゃないぜ」
俺はジュースを飲みながら答えた。
「大介ちゃん、来ないかなぁ……」
「来れないだろ、なかなか。毎日電話もらってんだからそ
れで我慢しろよ」
「あ〜あ、早くお姉ちゃん復帰しないかなぁ……そしたら
こんな店から解放されて大介ちゃんに会いに行けるのに」
「まだまだ復帰どころじゃないんだから諦めろよ」
俺は長々と愚痴り続ける美奈子の相手をするのにいいか
げん疲れてきていた。
俺は今、隣家の喫茶店に客のいない時間帯を見計らって
来ていた。とはいえ臨時店長の評判が良くないのか最近は
客足がこの店から遠ざかっているような状態なのだが。
現在、この店の店長『斉木由希子』は出産に備えて休養
中である。俺の弟か妹を産んでくれる予定だ。
由希子さんの妊娠は親父に再婚を決意させた。それは同
時に俺に新しい母親ができることにもなった。再婚後親父
は俺一人を残してこの喫茶店の二階に住んでいる。
美奈子は高校卒業後、喫茶店の手伝いを結婚するまでの
腰掛けと断言して始めたが、現在は店長が休んでいる間の
臨時店長を任されている。おかげで恋人の大介になかなか
会えないとお客さんにまで愚痴る毎日をおくっている。
大介は念願のプロ野球選手になった。最後の夏はあと三
回勝てばというところで夢ついえたがその年のドラフトで
は夢を叶えた。指名順位は低かったし一軍への道もまだま
だ遠いようだが、いつかプロでも活躍してくれるようにな
ると友人知人その他いろいろの人が期待している。もちろ
ん俺だって例外ではない。
カランカラン
と音がして喫茶店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ……って、なんだぁ千佳ちゃんかぁ」
「人の顔を見るなり、なんだぁ、はないですよ〜」
「はいはい、圭ちゃんはそちら〜」
千佳は俺のいるテーブルの向かいの席に座った。学校帰
りの制服のままだ。
椅子に座るなり顔を近づけて小声で話しかけてきた。
「早く由希子さんに戻ってもらわないとこの店潰れちゃい
ませんかね?」
小さな声ではあったが、あまりに静かな店内なので美奈
子の耳にはしっかり聞こえていた。
「千佳ちゃん、聞こえてるわよぉ」
「あ、すいませ〜ん、先輩」
「あっ、心がこもってないでしょお」
「気のせいですよ〜」
返事をする千佳には以前のような美奈子に対する苦手意
識は消え、ごく普通に喋れるようになっていた。