操れるかも! 操られるかも!?-20
その日の練習後、俺は一人で家路に着いていた。体はく
たくたで腹も減っている。俺は何かおごってもらえるかも
と思い、由希子さんの喫茶店に向かった。
「あら、圭一君、いらっしゃい。ちょうどいいわ、もう店
を閉める時間だから貸し切りにしてあげる。何か食べたい
んでしょう? すごくおなかがすいたって顔してるわよ」
普段は怖い由希子さんの洞察力もこういう時にはとても
ありがたい。俺は残り物でなにかこしらえてもらうことに
なった。
由希子さんが外に出てシャッターを下ろしはじめる。た
だ飯を食わせてもらう手前、俺も手伝った。
シャッターを閉めて閉店準備を終えると由希子さんがカ
ウンター横の扉から中に入ってなにか食べ物を作り出す。
由希子さんが食べる物を用意してくれている間、俺は店
内で待つことにしたのだが疲れた頭に考えたくもないこと
が次々と浮かんでくる。
……大介に対する圧倒的な劣等感……
先日、顔を赤らめた美奈子を見た時に再度強烈に現れた
ネガティブなその感情……そんなものが支配する俺の頭。
目に見える物、耳に聞こえる物、自分自身から発生する
物、全てがうっとうしい。
そんなことを考えている時、目の前に大盛りのチャーハ
ンがどーんと置かれた。
「はい、おまちどう」
由希子さんがお盆を小脇に抱えて営業スマイルをする。
俺は目の前に置かれたチャーハンの一人前と呼ぶには不
自然な量にたじろぐ。
「あの……量、多すぎない?」
「圭一君、なんか元気ないからね。特別サービスよ」
「サービスって……俺こんなに食えないけど……」
「このくらいなら無理って量でもないでしょ?」
「まあ……でも今は腹一杯食べたい気分じゃ……」
「……それがいけないの!」
由希子さんの口調が突然厳しくなる。厳しいといっても
険があるというわけではなく、子供相手に丁寧に諭すよう
な感じの口調だ。
「え?」
「人間おなかがすいてると、なんでもないことがちょっと
の不幸に、ちょっとの不幸が大きな不幸に、大きな不幸が
死にたくなるような不幸に感じるものよ」
「……そうか、なぁ……」
「そうなの! そのかわり、おなかがいっぱいの時はなん
でもないようなことでも幸せな気分になっちゃったりする
んだから。人間にとって食事をちゃんととるというのは最
も重要なことなのよ」
「……」
「だから、後先なんか考えずに今はこれを全部食べちゃい
なさい」
「……うん、そうする」
俺は今は目の前のチャーハンを食べることだけを考える
ことにした。由希子さんは満足そうに俺を見ている。
「そう、それでいいの」
俺の口にれんげに乗せられたご飯粒が次々と運びこまれ
ていく。
それと同時に体は重くなっていってるはずなのに心はど
んどん軽くなっていくようだった。
「ふぅ、ごちそうさま」
結局俺は皿の上に一粒も残さず出されたチャーハンをた
いらげてしまった。
「はい、おそまつさま。たいして具を入れられなかったけ
ど、おいしかった?」
由希子さんはにっこりと微笑んで皿とれんげを片付けな
がら聞く。
「うん、すごく」
俺は少々簡潔に答える。
「良かった。将来の私の子供が喜んでくれて」
俺はドキッとする。
「え?」
「……知ってるんでしょ? 私とお父さんとのこと」
「ど、どういうことか、ちょっと」
「あら、とぼけちゃうんだ」
……やばい。美奈子と覗いていたことがばれてるのか?
「近い将来母親になる人に隠し事は通用しないわよ」
……やっぱり姉妹だ。美奈子と口ぶりが似てる。
由希子さんは俺が座る向かいに座って、俺の目を覗き込
む。由希子さんの黒目の深さは催眠術でも使えそうな雰囲
気があって直視するのをためらわせる。