操れるかも! 操られるかも!?-10
第4話 『真夜中の喫茶店』
「ぐあ〜、いてててて」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ、体中ガタガタだ」
「はっはっは、しばらく怠けてたからだ。なに、すぐにあ
の程度の練習なんかどうってことなくなる」
「……お前と一緒にするなよ」
なしくずし的に野球部の練習に再び参加することになっ
てしまった俺は、この数日間筋肉痛に悩まされていた。
その間にも何度か千佳に力を使うチャンスはあったのだ
が俺の肉体がそれどころではなく、何事もないまま時が過
ぎていた。
そんなある日の学校帰り、俺と大介は美奈子を含めた三
人で住宅街の真ん中で営業している喫茶店に立ち寄ってい
た。
ここの店長は美奈子の八歳年上の姉・高杉由希子で、海
外で商売をする夢を実行に移したもともとの店主である両
親に、大学を卒業したばかりの由希子さんがこの喫茶店を
続けたいと頼み込んで店を継がせてもらったそうだ。美奈
子も日本に残り由希子さんとこの店の二階に姉妹で住んで
いる。
ようするに俺の家の隣がこの喫茶店ということで、俺に
とっては昔から出入りしている遊び場所でもあった。
「圭一君、野球部辞めたんじゃなかったの?」
そう言いながら由希子さんが三人分のジュースを持って
くる。
「辞めてはいないよ。さぼってただけ」
「……困ったもんだ。最後の夏はもうすぐだというのに」
そんなことを言いながら、大介は由希子さんからジュー
スを受け取るとあっという間に空にした。
「大介ちゃん、いつもすごいよねぇ」
美奈子は空になったコップを見て目を丸くする。
「あっはっは! すごいだろ? ……で、なにが?」
「……別になんでもない……」
中学入学時からの親友『大橋大介』は俺の前に常に立ち
ふさがる存在でもあった。
性格は大らかで、豪快で、ある意味爽やかで、筋肉馬鹿
な雰囲気も少し漂っているけど女生徒の間ではかなり人気
がある。
その人気を支えているのはやはりずば抜けた野球の才能
だろう。
プロのスカウトも注目する県下に名だたる剛球投手とも
なれば、他校の女生徒にとっても気になる存在のはずだ。
その一方で俺は中学高校と大介の控えに甘んじてきた。
いつか大介を越えてやろうと五年間がんばってみたけど、
その差はついぞ埋まらず、逆に開くばかりだった。
おかげで試合にはほとんど出られず、たまに公式戦で使
われる時も点差の開いた場面のリリーフばかりで、先発に
は五年間でたった一度しか使われなかった。
つまるところ俺を万年第二投手という陰の存在にして、
野球に見切りをつけさせたのはこいつなのだ。
それでもこいつと親友でいる俺というのは、つくづく主
役になれない人間なんだと思う。
「しかし、よく考え直してくれた」
「なにが?」
「お前がいないと他にいい投手がいないうちの野球部は実
際苦しいし、俺も練習していて張り合いがない」
「俺にはお前と張り合えるだけの才能はねえよ」
「そんなことはない。俺はお前の才能が怖くて練習に練習
を重ねたんだからな」
「そりゃお前の趣味だろ」
「まあ趣味であることも認めるが、今言ったことだって事
実だ」
「……ありがとさん。話半分に聞いとくよ」
「……疑り深いやつだな。中原だってお前の実力は認めて
いるぞ」
「あいつに認められてもな……」
突然千佳の名前が出てきて、俺はつい部室での出来事を
思い出してしまう。
「……圭ちゃん、なんか顔赤くない?」
美奈子が俺の顔をのぞきこむ。
「……気のせいだ」
「そういやなんか赤いな」
大介も俺の様子の変化に気づく。
「だから、気のせいだ」
俺は二人から顔をそらしながら否定する。正直我ながら
かなり怪しい。
「……」
「……」
「……」
由希子さんまで俺の顔を興味深そうに見つめている。俺
は二人より由希子さんの視線の方が怖かった。小さい頃か
ら由希子さんには俺の考えていることなどお見通しとばか
りに、隠し事が全く通用しなかった。今も俺が千佳にした
ことを全て見抜かれてるような気がしてくる。俺があんな
『力』を持ってることなど知るはずはないのに……