「花、綻ぶ」-2
*
その年の春は、父親の弥兵衛の計らいで、店を早仕舞いにして、主人家族と奉公人の全てを連れて、この場所に花見に行った。
夕焼けの金色と朱色が広がる空に、ふわふわとした薄紅の桜が相俟って、何とも不思議な景色だったと、千世は覚えている。
ちょうど、弟の尋太が生まれた年で、両親はようやっと得た後継ぎに掛かり切り。
千世は面白くなかった。
我が儘を言って、周囲の気を引こうとするが、終いには誰も構ってくれなくなった。
使用人も久しぶりの楽しみに、主人のお嬢さんとはいえ、子どもに時を割く余裕がなかったのだろう。
千世は不貞腐れて、宴を抜け出した。
千世が輪を抜けたことに、誰も気付かないようで、千世の背後で宴会は大層愉し気に盛り上がりをみせていた。
益々面白くなくて、千世は駆け出した。
あの宴のざわめきが消える場所まで―。
*
気が付くと、日はすっかり隠れ、辺りは薄暗い。
所々で、宴会に持ち出している提灯が桜木の下でぼうっと明るく、それが夜道の火の玉のようで千世は恐ろしかった。
紅い顔の大人たちは大声を上げ、赤鬼を思わせる。
「おや、お嬢ちゃん。一人かい?迷子かね。…ちょっとこっちにお寄りよ」
花見客にそう尋ねられるが、千世は唇を真一文に引き結び、首を左右に振ると、くるりと踵をかえした。
何故か急に恐ろしくなって、藍善の宴会場所まで駆け戻ろうとする。
だが、走っても走ってもその場所が見付からない。
迷った…。
そう思うと俄に涙が溢れてくる。
乱暴に雫を拭い、もう一度駆け出す。
おとっつぁんもおっかさんも迎えにきてくれない…。
やっぱり、千世はいらない子なのだ…。
涙を拭いつつ走っていると、どんと人にぶつかった。