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「花、堕ちる」
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「花、綻ぶ」-2



その年の春は、父親の弥兵衛の計らいで、店を早仕舞いにして、主人家族と奉公人の全てを連れて、この場所に花見に行った。


夕焼けの金色と朱色が広がる空に、ふわふわとした薄紅の桜が相俟って、何とも不思議な景色だったと、千世は覚えている。


ちょうど、弟の尋太が生まれた年で、両親はようやっと得た後継ぎに掛かり切り。

千世は面白くなかった。

我が儘を言って、周囲の気を引こうとするが、終いには誰も構ってくれなくなった。

使用人も久しぶりの楽しみに、主人のお嬢さんとはいえ、子どもに時を割く余裕がなかったのだろう。


千世は不貞腐れて、宴を抜け出した。


千世が輪を抜けたことに、誰も気付かないようで、千世の背後で宴会は大層愉し気に盛り上がりをみせていた。


益々面白くなくて、千世は駆け出した。


あの宴のざわめきが消える場所まで―。





気が付くと、日はすっかり隠れ、辺りは薄暗い。

所々で、宴会に持ち出している提灯が桜木の下でぼうっと明るく、それが夜道の火の玉のようで千世は恐ろしかった。


紅い顔の大人たちは大声を上げ、赤鬼を思わせる。


「おや、お嬢ちゃん。一人かい?迷子かね。…ちょっとこっちにお寄りよ」

花見客にそう尋ねられるが、千世は唇を真一文に引き結び、首を左右に振ると、くるりと踵をかえした。

何故か急に恐ろしくなって、藍善の宴会場所まで駆け戻ろうとする。


だが、走っても走ってもその場所が見付からない。


迷った…。


そう思うと俄に涙が溢れてくる。

乱暴に雫を拭い、もう一度駆け出す。


おとっつぁんもおっかさんも迎えにきてくれない…。
やっぱり、千世はいらない子なのだ…。


涙を拭いつつ走っていると、どんと人にぶつかった。


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