フェイスズフェターズ 一話「欲望の都市」1-13
「彼らとはわかり合えない。非常に残念だが、彼らにはお帰りいただこう。土にな」
「御意」
跪いていた男は主の冗談には反応せず、そのまま立ち上がると、一礼して部屋を出て行った。残されたフードの男は、また読書に没頭し始める。薄ぼんやりと、ランプに照らされて男の読む本、聖書の表紙が照らされる。
「『汝の敵を愛せよ』か。……面白いことを言う」
男はそのまましばらくは笑いを止めることが出来なかった。
7
店内には、男しかいなかった。もちろん、女は迂闊に外出できないこの土地だから、別段リタは気にしなかった。むしろ、ちらほらと白人が混ざっていることの方に気を取られた。この土地に、殆ど白人はいないのだ。
(わざわざ風呂に入りにきたのか?)
入り口でそんな疑問を抱いていると、すぐに男が一人近づいてくる。恐らく店の人間だろう。
「いらっしゃいませ。こちらでは一人用、二人用、複数用の浴場を用意してしておりますが、どの浴場をご所望ですか?」
突如選択を迫られて、リタは慌てる。なにしろ、彼女はこの店のことなど何も知らないのだ。だが、オドオドとすれば、それで怪しまれる。そんなヘマはしてはいけない。リタは冷静さを装って、店員に『二人用
』の浴場を希望した。すると今度は、浴場のグレードをどうするかと聞かれる。『上・中・下』の浴場があるようだが、これは『上』を希望した。リタは『金持ち白人』という設定なのだ。ケチるわけにはいかない。恭しい態度で店員が下がると、リタが近くの椅子に腰を下ろす前にさきほどの店員がやってきて、店の奥へとリタを案内する。
『上』のグレードを選んだからか、脱衣所の調度品はどれも上等な代物だった。リタはおずおずと服を脱ごうとして、ようやく気づいた。彼女は女なのだ。男装をしているリタは、服を着ていれば女だとばれることはないが、服を脱いでしまえば一瞬で女だとわかってしまう。
(これは面倒なことになった)
今考えれば、なぜ、浴場だとわかっていたのに男装のまま来てしまったのだろうか。リタは自分の間抜けぶりを呪った。初任務ということで、夢中になりすぎていたのがいけなかった。だが、何故ニコラまで彼女をそのまま行かせたのだろうか? いや、そんなことは今はいい。とにかく、この状況をなんとかしよう、と考えはじめ、結局良い解決策を思いつかなかった。
(仕方ない。急用とでも誤魔化して今回は退散するしかあるまい)
そう判断して、脱衣場の扉に手をかけようとした時--