多分、救いのない話。-8--11
一人の人間を犠牲にして――
「何で……ビデオなんか撮るの?」
ビデオを弄る母に慈愛は訊ねる。痛みは大分引いていたが、内出血が熱を持ってひたすらダルい。
「単なる趣味」
常と同じ調子で、母は真意を話さない。慈愛は圏外のケータイを意味なく開いたり閉じたりする。
「えっと、これで録画出来てる?」
慈愛の持っているビデオカメラだった。《秘密基地》にはホームシアターや映像関係の機材もかなりある。
一番操作が簡単なビデオカメラを母が希望したので渡したのだが、取説がないと慣れていない人間にはやはり難しいようだ。
「右の赤いランプが付いてるなら録画はされてるですよ」
《優しいお母さん》の声だ。間違いない。
現実感がなかった。これで、本当に《怖いお母さん》がいなくなったのか。
だけど、母は自分の中で決めているルールは遵守する。母の約束は、絶対だ。
これで、葉月先生も自分達を引き裂かない。
大丈夫。全部上手くいったのだ――
「慈愛」
三脚にカメラをセット出来た母は、満足そうに嬉しそうに訊ねる。
「あなたも一緒に遊ぶ?」
首を横に振った。
「久しぶりなんだから、二人きりがいいよー」
《コレ》ともう関わりたくない。どうなるかなんて、興味なかった。
母が《コレ》とどう遊ぼうと、どうでもよかった。
母が満足するなら、
《コレ》がどうなるかなんて、どうでも――
「慈愛」
母の声が記憶から意識を引きずりだした。
「待たせたわね」
ズルズルと、引きずっているキャスター付きのケース。
僅かな隙間から固まりかけの血液が、ボタリと落ちた。
感情が止まる。
「荼毘に付そうかと思うの。慈愛はどうする?」
「…………あ、だ、だび?」
「燃やすの、全部」
これ以上なく簡潔に言われ、慈愛の言い逃れを母は奪う。
いや、――違う。
母は待っててと言った。慈愛は頷いた。
なら、答えはもう決まっている。
手を伸ばした。
「……手伝う」
母はその答えを、とても嬉しそうに聞いていた。
「ありがとう。でも」
けれど、伸ばした手を、母は優しく払う。
《アレ》にはもう、触れられない。
「慈愛は見てるだけでいい。私が全部するから」
ケースを引きずり、外に出ていく。
暫く母一人で引きずりながら、神栖家の私有地である山を歩く。
「確か、この辺だったんだけど」
「あ……」
小さく古い、漆喰の壁に藁ふき屋根という昔話のような家が見えた。《秘密基地》の近くにこんな家があるなんて、知らなかった。
「まだ使えるかしら」
扉はそもそも壊れていて、簡単に入れた。
中は何十年ほったらかしていたのか、まるでわからないほど荒れている。
「お祖父様……慈愛の曾祖父様ね、陶芸が好きだったの。まだ使えるといいけど」
慈愛に呟きながら、竈を確認する。確かに使えるなら、陶芸用の竈はかなりの温度が出る。
「……使えそう?」
「まあなんとかね。大丈夫よ」
私有地だから、人が来る心配は殆どない。だから、時間をかければ。骨になるまで燃やせる、だろうと思う。
「あなたは見てなさい」
母は子供に触れさせようとはしない。
あくまで独りで、全ての作業を行っていく。
何時間経過しただろうか。太陽が傾き、白く欠けた月が見え始めた。
ようやく竈が使えるようになり、《コレ》が入れられ、炎が猛り煙が噴き出すのを、ただひたすら見る。
煙は風に拡散し、何処にも届かず消えていった。