「花、堕ちる―後編―」-1
目覚めた千世は、変わった。
美しく、優しいお嬢さんは鳴りを潜め、気難しく、度々癇癪を起こすようになった。
それでも女中たちは、長年仕えている手前、辛抱して千世の面倒をみていた。
しかし、その辺のものを手当たり次第に投げ付けたり、夜中に突然起き出して喚いたりするものだから、その激しさに手を焼いて、とうとう皆、根を上げてしまった。
代わりにと、ひっそりとその役目を買って出たのは藤吉だった。
少なからず責任を感じてのことだろう。
手代の仕事は忙しく、両立させるのは至難の技だったが、まめまめしく千世の世話を焼いた。
千世も、藤吉が相手だと大人しくしていることが多かった。
そうして、緩やかに時間は過ぎていった。
*
二年の月日が流れた。
千世と結納を交わすはずだった旗本の慶一郎は、千世が光を失っても諦めなかった好人物だったが、やはり周囲の声を抑えきれず、武家の息女と結婚した。
先頃、息子が生まれたという。
反物を判別できなくなった千世は、大半を自室で、己を支配する闇とともに過ごすようになった。
十九になった千世は光を失って尚、美しかった。
それは、落日の美しさに似ていた。
咲き誇っていた大輪の花が、はらはらと散っていく。
あるいはそのような、儚く切ない美しさをも孕んでいた。
しかし、今では誰も千世の美しさを褒めそやす者はいない。
もはや、その美しさが、良き方向へ転じることなどないと、皆が思っていたからだ。
虫の音も、そろそろ雪降る音に変わろうかという、晩秋の夜。
使用人たちで雑魚寝している、部屋の障子が微かに開いて、押し殺した声が聞こえた。
「…藤。藤はいるかい」
藤吉はむくりと起き上がると、手早く身支度を整えて、冷え込んできた廊下へ出た。
呼び出したのは主人の弥兵衛で、苦虫を噛み潰したような顔が、月明かりに照らされていた。