「花、堕ちる―前編―」-4
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藤吉が石田屋から風邪薬持って帰ると、約束通り、千世は薬を飲んで少し休むと自室へ戻った。
それから、暫くした後だった。
女中の鋭い悲鳴が、響き渡った。
何事かと、ちょうど手の空いていた弥兵衛と一緒に藤吉は奥へと駆けつけた。
叫び声を上げた女中がいたのは、千世の部屋だった。
真っ白な顔で、震える女中の向こうには―。
身体をくの字に折って、苦しげにのたうつ千世の姿があった。
口からは涎を垂らし、苦痛に呻いている。
一目で、毒に当たったのだと分かった。
「お嬢さん」
藤吉が駆け寄って抱きかかえると、千世はそのまま意識を手放した。
千世が意識を失う寸前、藤吉をひたと見詰めたように感じた。
―何が・・・起こったか、わからなかった。
直ぐに、近所の医者が呼ばれ、千世を診つつ、その原因が探られた。
畳の端に転がった湯飲みに僅かに、毒の残滓が見つかった。
誰かが千世に毒を盛ったのだ。
千世は高熱を発し、意識を失ったままだった。
悪くすれば、このまま目覚めぬかもしれない―。
弥兵衛は激昂した。
その怒りは、薬を手渡した藤吉に注がれた。
藤吉が下手人と決まったわけではないが、まさか薬種問屋のはずはなく、自室に戻った千世は、誰とも顔を合わせていないようだったのだ。
藤吉が疑われ、やり場のない弥兵衛の怒りと悲しみが爆発した。
「身寄りのないお前を拾ってやった恩を忘れたか。それを仇で返すとは。とんだ拾い物をしちまったよッ」
かつては、息子のように可愛がった藤吉を、弥兵衛は三日三晩折檻した。
藤吉は一言も弁解しなかった。
薬を手渡した後、なぜ自分が給仕をして差し上げなかったのだろうと、悔やまれてならなかったし、千世が死んでしまうかもしれないという恐怖で頭がいっぱいだった。
身体の痛みは我慢できた。
しかし、弥兵衛の涙が藤吉には堪えた。
千世は、三日間眠り続けた。
そして、光を失ったのだ。