恋心に、イエス!-2
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私の恋人、一宮 透(いちのみや とおる)せんせいのことをミヤっち、と言い出したのは、確かクラスメイトの桜子ちゃんだった。影で、だけど。でもそれがうつって私も彼をミヤせんせい、と呼んでいる。
『柚木ひなた、サン?』
振り向いた私を待っていた、柔らかい笑顔のおとこのひと。
『こんにちは、僕は一宮といいます』
なんで突然自己紹介をされているのかわからなくて、この間、図書委員の仕事で本を届けたこのひとは確かせんせいで、でもそこで隠れて泣いていた私は、誰よりも『せんせい』というひとにそれを知られたくなくて、だから、
『……っ、こ、』
……いじめられて泣いてました、なんて口が裂けても言いたくない。
『こんにちは!ええと、えと、せんせいはこんなところで何してるんですか?誰もこないと思ってたからびっくりしました、あの、私はですね、その、なんというか、私、図書委員だし、それで、資料室の整理をしていて、え、と……』
しどろもどろで続けて、続けられなくなって、俯いた私に、
『……僕は、きみに恩返しにきました』
イチノミヤせんせいは相変わらず穏やかな顔で言ったのだ。
『この間、本、届けてくれてありがとう。とても助かりました。すごく探してた本だったんだ。でも司書の先生も管理図書の中にはないから探すのが大変だって言ってて。資料室の、古書の中にならあるかもしれないって聞いてたんだけど、僕は見つけられなかったから諦めてたんだ。だけど、きみが』
そんなのは、知らない。
私はただ、教室にいたくなかったから図書室にいて、誰にも見られたくなかったから奥の奥にある資料室に籠もって、それで泣いていただけだから。仕事をすると言えば司書のせんせいに変に思われることもなかったから、だから、探しただけで、泣くついでに探したようなもので、
『今度は僕がきみの力になれないかな』
イチノミヤせんせいは緩く波打つ黒髪の向こう、少し茶色い目でじっと私を見た。それから静かに腕を伸ばして、指先で私の目の下に優しく触れた。……ああ、いい訳をする前に涙を拭うのを忘れていたんだ、とそんなことを思う。