Quick Jam track.2-2
「赤本貸して下さい!」
「無理」
合いの手を入れる間など無く、間髪いれずに返された。
「……」
「入試したその日に溝に落としちまった」
なんだそれは。
「冗談」
すぐに撤回された。
「からかってます?」
「いんや。あんな腐れたところを受けるかなぁ…」
「………」
何が腐れているのか、渚はその意味を瞬時に理解出来なかった。
「なんで、汐咲なんだよ。他のところでもいいじゃん。東泉大とか」
「東泉は!」
別の大学名を耳にした途端、渚は遮った。
声は静まった校舎に響いて、すぐに消える。
「東泉は………嫌いです」
「何だ?嫌な奴がいるからか?」
カキじゃあるめえしと溜息をついた最上に渚は間が悪くなった。
せわしなく黒い瞳が奔走し、落ち着かない。
東泉だけは絶対に行かないとずっと決めたまま、現在に至る。
理由ならある。
ただ、その理由を今日初めて会った赤の他人。
ましてや短期間で去る教育実習生に話しても無駄であり、少々込み入った話なので無暗に言いたくない。
かすかに渚の表情が鋭くなったのに対し、最上はそっと察した。
「ならいい」
返答のない渚に最上は悪いと詫びを入れてから、丁度差しかかった二階の特別教室を指した。
家庭科室だった。
「教育実習生の控室だ。放課後、遊びに来い。相談ぐらいは乗ってやる」
「はい」
汐咲の知り合いはいないので、渚は少し安心した。
三階のフロアに足を踏むと、彼は何気なく切り出した。
「何歳に見える?」
「…………」
じっと、頭の先からつま先まで、渚は最上を見てみた。
二十歳というよりかは、二十代後半の顔つきだ。
若者というより、やや中年と答えるべきか。
さっぱりした頭髪に、余り焼けていない肌。
「実は四十」
「………手痛いな」
妙な勘ぐりをしたのは言うまでもない。
「これでも、二十六!三十よりは前だっての」
心外だとでも言わんばかりのコメントだった。
タイミング良く、朝読書終了のチャイムが高らかに鳴った。
「…………」
階段を一段一段踏む間、それ以上渚と最上は何も語らなかった。
ああ、終わった…。
渚の今日の出席と最上に対する評価は…バッドと通り越して、ワーストに落ち込む勢いだった。
クラスメイトの二木が言う好感度が下がるとはこのことだと思う。