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Quick Jam track
【犯罪 推理小説】

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Quick Jam track.1-1

 高等教諭となってから五年、私──市村渚──の多忙期は終息を迎えた。
 くたくたになった渚は数日の休みを取って、一人旅に出掛けた。
 車で北へ南へと、誰にも邪魔されない休暇を満喫し、帰路に就こうとする。
 一番の収穫は高校生時代の渚が一番行きたかった北の土地、文茅部(ふみかやべ)に到達したことだろう。
 白い雪と吹雪に閉ざされた文茅部の美しさはたまらないものがあった。
 尚且つ、文茅部逢坂病院の廃墟に足を踏み入れた時は、寒さとは別の悪寒を感じ、寂寥感さえこみ上げたものだ。
 
「十年続きましたラジオ・ナイトディスカバリー。ラストの夜の一発目は千葉県松戸市、僕は小泉に似ているさんのリクエストです」
「どこが似ているのか気になりますね」
「確かに。後日、こっそり顔写真を…」
「こらこら」
 ラジオネームに突っ込んでいる暇があるなら、曲紹介をしてほしい。
 せかすように、ギリギリの力量で右足を強く踏む。
「懐かしのナンバーを一曲。Laysia(レイシア)、クイックジャム」
 深夜放送のラジオが懐かしい一曲のイントロを流すとステアリングを握る手に力が籠った。
 コンクリートを照らすライトに反応した左手薬指にはまった輪が寂しそうに煌めく。
 クイックジャムの発表以来、Laysiaは表舞台から去り、彼も私の前から去って行った。
 彼がいた場所や匂い、風景を見ただけで、胸が締め付けられた。
 今、彼はどこにいるのだろう?
 足取りを隠すのが得意な彼に対し、私には彼を探すヒントも手掛かりもない。
 探せないからやめた、諦めただけ。


 一人旅の帰り道の高速には大型トラックが次の街へと、その大きな車体を奔らせる。
 高速道路特有のごうごうとした響きに、クイックジャムのバラードは雰囲気を変えるのに丁度良かった。
 前方のトラックとの車間距離を十分に空けて、標識の字に目を向ける。
 あと、五百メートルで沢代市に差し掛かろうとしていた。
 そういえばと、私はふと気がついた。
 黒い重箱にしまっていて、私が見聞きした瞬間をおさめたフィルムがよぎる。
 以前聞いた、クイックジャムの紹介がその時と良く似ていた。

「Laysiaとはまた、懐かしい人ですね」
「彼女は突然消えちゃったからね…思えば、クイックジャムがLaysia至上遺作・傑作でしたよ」

 ふと、眠気を感じて、きついミントのガムを三粒噛む。
 ずっと車を走らせていたので、疲労感がどっしりとのしかかる。
 これもO型たる所以と言い聞かせれば、諦めがつく。
 遠足・修学旅行・社会見学…家に着くまでが行事。
 数十カ月前、教壇上で堂々と宣言したくせに、くたくたの自分に喝を入れる。
 行きはよいよい、帰りは(疲れて事故りそうで)こわい。
 次のパーキングエリアで休もう。
 最後の力を振り絞り、アクセルを強く踏みつけた。
 振り切るように、逃げるように。

「……年九月二日に始まった、ラジオ・ナイトディスカバリー、実は今日で十年に及ぶ歴史の最後の夜になるんです。
 ああ、もう…ごめんなさい…あー…飲酒運転撲滅の為、現在首都圏の数か所で検問を敷いている場所が出てきまして、数か所渋滞しております。
 ここで、交通情報をお伝えいたします。どうか安全運転で、最後までお聞き下さい」


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