投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

走馬灯
【その他 官能小説】

走馬灯の最初へ 走馬灯 8 走馬灯 10 走馬灯の最後へ

走馬灯-9

こだわり続けた作為は出来るならば捨て去りたい。取り繕うことで上手くいくのであれば、それは虚構だ。そう思えばそう思うほど、ドツボにはまる。『よし、今だ!』と浅はかに考える者は案外多いだろう。しかし、何分この状況下に置かれる者も至極少ないと思う。それはこれらの全てが奇跡だからであろう。俺という人間がもつ、この唯一無二なる奇跡に対して失礼だと思う、ある種おかしなプライドは正義に他ならない。どんな結果を招いても、そこに後悔は決して生まれないだろう。

パソコンの数列に照らされ、暗闇に浮かび上がる2つの顔。企画課フロアの方も、飽き飽きするぐらいお馴染みである。圧倒的な距離感、水と油のように永遠にクロスしない。犬猿とは言わないが、かき混ぜても必ず元に戻る、そんな関係だ。周囲も親交を深める目的で、若手2人をからかうのだがかき混ぜ甲斐がない。留まった水と油はいくら掻いても波紋を静めていく。

ふと田宮に目をやる。難しい顔色でモニターとにらめっこしている。充実している証拠だ。次にパソコンの右下に目をやる。ウィルスバスターの横、そう。時間は0時28分。横から見ればシンメトリー。同じ体勢で向き合うこと何時間目だろう。ふとルソンの壺を思い浮かべた。

俺は途中で喫煙所に行ったりトイレに行ったりした気がする。かおりはずっと座っていた気がする。お互いに一言二言、話しては吹き出しが静まり返ったオフィスのダクトに吸い込まれ消えていった、そんな記憶がある。

後にかおりが懐古し使用した、つかず離れずという言葉はあまりにも甘っちょろい…というより明らかに誤用だったと今でも思う。に他人クラスの関係。メアドの交換はそこまで2人が近づく要因になり得なかったようだ。かと言ってこの空気は辛く重苦しいわけでもない。

陰と陽の違いはあれど、お互いに余計な詮索は好みではなかったし、パソコンのモニターという相手もいた。相手に嫉妬することもなかったし、何よりもやるべきことは別段に優先しなければならない。

新人は手足と時間で稼ぎ、達人は頭と技術で稼ぐ。今の自分たちを鑑みたら前者であることに否定の余地ははない。だからこうして遅くまで手足を動かしているのだ。優先だ。

そういえば、もう明日が今日になっている。この地球上に住む多くの人々の夜が夢に彩られ、朝を待つ時間とも言えよう。

明日というのがいつから明日なのかは、時間が証明してくれるが、深夜1時2時にもその日のことを明日という言葉で表現する人は少なからずいる。それが間違えてにしろ、眠ることで迎える朝と定義するにしろ、なんだか不思議に思う。深夜とは言えど、ビジネスシーンだから正確に伝えたい。深夜0時を回れば今日、午後11時59分59秒999…ならば明日だ。

「いよいよ今日だな。初めてのプレゼン。」田宮が俺に話しかけてきた。久々の一言になるだろうが、俺が俺に話しかけてくるのは俺が誰かに憑依してから初めてだ。何度も何度も聞いて来たが、自分の声はなんだか調子が狂う。変な感じがするのだ。つい発せられた口元を見てしまうが、モニターを見ながらのセリフのようで、見たことを気付かれなかったようだ。

俺に見られてないことでホッとするのも、なんだかむずがゆい。鏡はいつも裏切らなかったのに、この鏡の中の俺は勝手に動きやがる。それはそうだ。今の俺はかおりだからだ。


走馬灯の最初へ 走馬灯 8 走馬灯 10 走馬灯の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前