想-white&black-H-1
「あら、花音様? お目覚めになられたのですか?」
身体も足取りも重いものを引きずるような感覚に囚われたまま廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
ゆっくり振り向くとそこにいたのは気遣わしげな眼差しで見つめる瑠海さんと瑠璃さんだった。
「まあ! 顔色が真っ青じゃありませんか。いけませんわ、無理をされちゃ。今にも倒れそうです」
「お部屋に戻ってお休みになって下さい。こんな姿を楓様が見られたら心配されますよ」
二人は駆け寄ってくると私の顔を見るなりはっとした表情になっていた。
だが私は自分の顔色より楓さんの名前に思わず反応してしまう。
「……楓さんは?」
顔を合わせたくない。
またあんな惨めな思いをしながら身体だけ繋がれるなんて嫌だった。
「まだお戻りになっていませんわ。何でも旦那様について学ばれているお仕事の方がお忙しいようで」
「そう」
瑠璃さんの言葉にほっと息を吐く。
良かった。
こんな気持ちで楓さんに会ったら本当に心が壊れるかもしれない。
「楓様が戻られたらお伝えに参りますから、今はお部屋でお休みになって下さい」
「うん、ありがとう」
瑠海さんに促されて頷くと、二人はそっと身体に手を添えて倒れないように部屋まで送ってくれた。
二人にお礼を言ってからベッドに腰掛けると膝を抱えてうずくまるように顔を伏せる。
身体を動かすたびにまだ軋むような痛みがあちこちに残っている。
手首には相当な力で掴まれた痕がうっすらと赤く付いているし、首筋や胸元、脚の付け根などあちこちに口づけられた痕が赤く散らばっていた。
だが身体に残る傷よりもなぜ楓さんから受けた仕打ちがこんなに辛く思うのか、という方が分からない。
初めて抱かれた時だってそれから後だって楓さんは決して優しい訳ではなかった。
自分が抱きたい時に抱いて私の気持ちなどお構いなしだったじゃないか。
恥ずかしい言葉で攻め立てて、訳が分からなくなるほど追いつめてそれを眺めて楽しんでいるような人だ。
全て自分の思うように動かす独裁者だと分かっているはずなのに、なぜ今更彼の口にした言葉に傷ついているのだろう。
だったら私は楓さんに何て言ってもらいたかったのだろう。