想-white&black-H-3
―――怖い。
思わずぎゅっと自分を抱き締めるように腕を回す。
ふいに昼間の出来事が脳裏を掠めた。
『楓のこと好きになった?』
私をまっすぐに見据える麻斗さんの眼差し。
『好きにならない方が花音のためだとおもうぜ。同じ時を過ごせば過ごすほど辛くなる。あいつはいつかは別の女と一緒になるんだよ』
頭の中で響く麻斗さんの言葉が、内側から針で刺されたようなちりっとした痛みをもたらした。
一人息子の楓さんは近い将来英の全てを受け継ぐのだと以前理人さんから説明された。
そしてその立場に相応しい女性と結婚するだろうことも。
もしこのままここにいて、楓さんがいざ結婚することになったら私はどうすればいいのだろう。
まさか妻がある人と一緒に暮らせるはずもないし、実際その姿を目にしてしまったら心穏やかではいられない。
素直に祝福するには複雑すぎる関係になってしまった。
高校を卒業したら出て行こうとは思っていたけれど、こうして自分の気持ちの変化に戸惑いを隠せない今、このまま楓さんと顔を合わせたくない。
そんな時、エントランスの方で車が止まる音がした。
エンジンの音からして多分楓さんの車だ。
ベッドから立ち上がり、軋む身体を引きずりながらそっとベランダに忍び出て外の様子を確かめる。
辺りはもう暗かったが、エントランスに付けられた明かりが誰が誰なのか認識できる程度には見せてくれた。
一樹さんによって開けられたドアから降りてきたのはやはり楓さんだったが、その後に続いて彼に手を引かれて降りてきたのは見知らぬ女性だった。
彼女の手をとり気遣うように接している楓さんの姿を目にした瞬間、思わず部屋の中に飛び込んでいた。
ずるずると壁づたいに崩れ落ちると心臓の鼓動と呼吸が速くなっていることに気付く。
震える指先で口を覆いながらごちゃごちゃな頭の中を必死に整理しようとするが、ざわついた心がさっぱり落ち着いてくれない。
(さっきのは何……?)
髪の長い上品そうな雰囲気の女性だった。
多分、楓さんと同じ華やかな世界に住む人。
何より衝撃が大きかったのは、女性を気遣いながら大切そうに扱う楓さんの初めて目にした姿。
もしかして楓さんの好きな人なのだろうか。
そう思うといてもたってもいられなくなり、何も考えず部屋を飛び出してエントランスへと足が向かっていた。