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Dear.
【悲恋 恋愛小説】

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Dear.Proposal-4

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「ただいま…」
ガチャリと音がしドアが開く。
ベージュのパンプスが一足揃えて置いてある。母ちゃんが帰ってきている証拠だ。
「おかえり、遅かったわね今日は」
少しの廊下を歩いて台所に行けば、母ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
あのファミレスで頭を抱えていたら、いつの間にか3時間が過ぎてしまっていた。店員の方が「大丈夫ですか?」と何度声を掛けてきた事だろう。
結局、3時間も居座ったにも関わらず、答えは出なかったのだが。
「……母ちゃん…」
台所の前に立ち、料理を作る母ちゃんの後ろ姿を見つめる。
「何?何かあったの?」
後ろ姿のまま母ちゃんは話す。
母ちゃんの顔は見えないのに、俺は俯いて自分の足元を見ながら小さく息を吐く。
「…子供、作っちまった」
一定のリズムを刻んでいた母ちゃんの料理音がぴたっと止まった。
「…何ですって?」
先程の優しい声とは掛け離れた冷たい声が耳に刺さる。
「だから……子供、作っちまったんだって…」
息苦しい空気が俺の周りを漂い始める。
母ちゃんのスリッパで歩くパタパタとした音が、ゆっくりとこちらに近付いているのを感じた。
「…相手は、志穂ちゃん?」
志穂と付き合って2ヶ月くらいしてから、母ちゃんには志穂の事を紹介している。何回か会わせていくにつれて、2人はまるで友達のように仲が良くなっていた。
「そう…志穂」
「いつ知ったの、それ」
「…今日。志穂から、言われた」
目の前で母ちゃんが止まる。いつも履いている赤紫色のチェックのスリッパが視界に入り、俺の息苦しさもだんだんと濃度を増してきた。
「それで、あんたは何て言ったの?」
「…本当に俺の子かって…」
「…」
頭が混乱していたとはいえ、酷い言葉を言ってしまったと後悔している。でも、この時の俺はこんな事しか言う事が出来なかった。頭の中が真っ白で、他に言う言葉が何にも思い浮かんでこなかったのだ。
「…母ちゃん、…俺、どうすればいい?」
「…」
母ちゃんは黙っている。
スリッパばかりを見ている俺には、母ちゃんの表情や感情を窺い知る事なんて出来ないけれど、きっと怒っているに違いない。
だって、自分の息子が余所の娘さんを孕ませて、その上『俺の子か?』なんて言ったとあらば、情けないやら何やらで怒りの臨界点なんて超えているに決まっている。
怒っているなら、大声で怒鳴ってくれて構わない。
むしろ俺なんて怒鳴られて当然だ。
……フゥー。
深い溜め息が目の前から聞こえる。
「あんたって奴は…、本っ当お父さんそっくりね」
…は?
「お父さんも母さんが子供出来たって言った時、それはそれは目に見えるくらいテンパっちゃって、何を言うかと思えば『…それ、本当に俺の子供か』って。もうやんなっちゃうわよね。そんな尻軽じゃない事くらいあんたが一番わかってんでしょーに!!って言いたくなったわよ」
突然、母ちゃんは俺に昔話を語り始めた。
母ちゃんの語る父ちゃんは本当に俺そっくりで、この性格は遺伝なのかと若干悲しくなった。
「でも、その次の日に『結婚しよう』って言ってくれて。嬉しかったな、あの時は」
顔は天を仰ぎ、しみじみと語る母ちゃんを見れば、まるで恋する乙女のような表情をしていて、少しばかり面食らってしまった。
「…賢悟」
そんな乙女の表情とは一変して、鋭い眼光を俺に浴びせながら母ちゃんは俺の名を呼んだ。
あまりの凄まじさに思わず息を呑む。
「あんたはどうしたいの?」
さっきは俺が聞いたのに、今度は逆に問い掛けられた。
俺は?どうしたい?
「言っとくけど、産むにしても堕ろすにしてもお金は掛かるわよ。産んだらその後もっとお金掛かるけどね」
言われなくてもそんな事はわかっている。
「堕ろすのならその時にしかお金は掛からないけど、賢悟と志穂ちゃん…、特に志穂ちゃんの心には大きな傷が残るでしょうね」
…言われなくても…、そんな事…。
「賢悟、あんたはどうしたいの?」
…俺は。
「…ごめん母ちゃん、俺、ちょっと出掛けてくる」
「…はいはい」



気付いたら、足が勝手に走り出していた。


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