Dear.Proposal-3
「あの…あのね…」
震える声が微かに聞こえた。
「私…あの…」
なかなか次の言葉が出て来ない。こんな志穂を見るのは初めてだ。
志穂の緊張が俺に伝染したのか、やけに喉が渇いた。再度お冷やを口に含む。
「あの…ね…」
「うん、何?」
「……子供」
「うん?」
「…子供…」
子供?
「子供…が?どうしたって?」
「……できたの」
「え?何?」
「…できちゃったの」
「……え?」
…今、何て?
「…賢悟の子供、いるの、私のお腹に」
一瞬、時が止まったように思えた。
「…え…ちょ、え…?」
頭が混乱していて追い付かない。
俺の…子供?
「…え…、それ…本当に俺の子…」
パシャッ。
冷たい。
これは、水?
「賢ちゃん、それ言ったらあたしホント殴り飛ばすよ。ちょっと頭冷やせば?」
いつもより半音低い小百合の声。
ポタ、ポタと水滴が一定のペースで机に置いていた手の甲へと落下してくる。
「行こ、志穂」
「え?…あ…うん…」
向かい側に座っていた2人が立ち上がる。
頭がまだまだ追い付かなくて、2人の顔を見る事が出来ない。
「賢悟…」
志穂のか細い声が聞こえる。顔を上げる事が出来ないまま、その声をどこか遠くで聞いていた。
「……ごめんね」
その後、ボソッと放たれた声。
「え…」
無意識に顔が上がる。2人はもう俺を背にして出口に向かい歩いていた。
店内の騒めきが何だかやけに大きくて耳が痛い。
そういえば水を掛けられたんだとふいに思い出し、腕で自分の顔を拭った。
水の滴る黒のパーカーは、まるで汗か涎を垂らしたかのように見えなくもない。
はぁ、と溜め息が1つ出た。
『その子供、本当に俺の子供なの?』
孕ませた男がよく使う常用手段。
こんな事を言う男にはなりたくないと思っていたが、いざ自分がその立場に立たされたら、口からするりと言葉が出てしまっていた。
『……ごめんね』
俺はそんな事を言いたかった訳じゃないし、志穂にそんな事を言わせるつもりもなかったのに。
脳の混乱がピークに達して、たまらずテーブルに肘をつき頭を抱えた。
俺の…、俺の子供が、志穂の腹の中に?
…どうしよう。俺はどうすればいい?
誰も答えてはくれぬ疑問を頭の中に浮かばせながら、暫く俺は店内で頭を抱えて動けなかった。