tear-5
トン…トン…
隼人の足音が聞こえたので、私は急いで写真を元の場所に収めた。
「あっ…おかえり。」
何だか緊張して声がうわずってしまう。
「ただいま、集金だった。」
「…そっか。」
彼は相変わらず寂しそうな笑顔を浮かべる。私はその表情の裏の気持ちを汲み取る事ができなくて、もどかしくなった。
「で、話の続き何だけど…。」
隼人は再びコタツの中に潜り込む。その瞬間、私はギョッとした。彼が私の手を握ったからだ。
「雪、よく聞いて。」
私は無言でうなずいた。何か凄く嫌な予感がする…。
隼人は意を決したように大きく息を吸った。
「…雪はもうここには来ない方がいいと思うんだ。」
彼はそう言って私の手を握ったまま、うつむく。
えっ…今何て言ったの…??
頭を打ち砕かれたような感覚を覚えた。たちまち涙で視界が霞む。弱々しく、私は尋ねた。
「…なんで…。」
「人はぬるま湯に浸かっていたら弱くなる。」
隼人はそう言ってから、はぁ、と息を吐き出した。
「…雪は俺に甘えてるんだよ。…いいか?ここは確かに雪にとって居心地がいいかもしれない。けど、いつまでもその環境に甘えちゃダメだ。俺達が出会ってずいぶん経つけど、雪はこの部屋に来てから、ちっとも前に進もうとしてない。あの日ホットミルクを飲んだ雪と何も変わっちゃいない。あのな雪、傷ついても人は前に進まなきゃいけないものなんだよ。ぬるま湯につかると、弱くなるんだ。一人じゃ立てなくなって…ダメになっちゃうんだよ。」
私はうつむいた。体の震えがとまらない。
確かに隼人の言葉は当たってる。彼の言うとおり、私は全然進歩していない。けど…けど…
「雪の幸せはここにはないんだ。だからもう俺とは会わない方がいい。これは色々と考えた結果なんだ。今日じゃなくても、いつか言わなきゃいけないと思ってた。」
隼人は変わらず、まくし立てる。私の胸にかすかなわだかまりが生まれる。
「…私、今のままでも幸せだよ?」
私はそう言って隼人の顔をまじまじと見た。…しかし、隼人は首をふる。
「安らぎじゃなくて…?」
隼人は静かに言った。彼の言葉は空気を伝い私の耳に冷たく響く。
私はうつむいた。何も言い返せなかった…。
そんな私を見かねたのか、隼人が優しく諭すように語りかける。
「雪の事が嫌いだからじゃないんだよ?…俺にとって雪は実の妹みたいで、凄く可愛いし、大好きだ。けど、雪のためにならないんだよ。雪には幸せになってもらいたい。だから…」
隼人はそう言って繋がれた私の手をいっそう強く握った。彼の手も私と同様に震えている。隼人もつらいんだね…。
けど…やっぱり嫌だ…私嫌だよ隼人…。隼人なくしてまでする前進なんていらない…
「安らぎでもいいもん…。隼人と一緒がいい。隼人が側にいてくれなきゃヤダぁ…。」
私は隼人に泣きついた。
私言ってることメチャクチャだ…。隼人の事困らせるの分かってるのに、想いが抑えられない。
「雪…。」
隼人はそんなだだっ子な私を抱きしめる。
「そんな事言わずに頑張れよ。お前なら絶対幸せになれるから…。な?」
「いやだぁ…私頑張って前進むからっ、だからお願い…側に居て…でないと私また1人になっちゃうよぉ…ひっく。」
「それは無理だ…」
隼人はそう言って、私の背中に回した腕を強めた。
「ひっく…なんでっ…なんでダメなのょぉ…」
私はしばらく彼の胸の中で泣き続けた。隼人の胸は出会った時と変わらず、温かくて…。私はその温かさを呪った。