由里子と先生3-1
「イヤっ、先生痛いよ…離して!」
佐々は乱暴に由里子の腕をつかみ、廊下を奧の方へと進んだ。
建物の北側、教材倉庫として使用する部屋が並ぶ一角に、数学備品室があった。
校内でも、ここの一角は普段使われていない場所で、生徒はもちろんのこと、教師でさえ特別な用事がない限り、立ち入らない場所だ。
佐々はこことは別に、南側の教室棟に、ほぼ私室として使うことが許されている、数学準備室を与えられていた。
しかし、教師と生徒の関係において、垣根を作らない佐々の教育方針上、そこには生徒が自由に出入りできるように解放されていて、休み時間はにぎやかな談話室と化していることが多かった。
そのため静かに仕事をしたい時などは、この数学備品室を訪れ、緊急的避難所として利用していた。
部屋の広さは6畳ほどで、壁面のハンドルで操作するタイプの、換気用の窓が高い位置に並んで付いていた。
左右にスライドさせて開け閉めする、いわゆる普通の窓がないため、この部屋では外の景色が目に入ってこない。
そのため室内は多少圧迫感を感じるが、考えようによっては、目の前の仕事に集中できるので効率がよく、佐々にとってはなかなか快適な空間と言えた。
部屋の中は入り口から入ると、手前と奧の二つのスペースに分けてレイアウトがされている。
事務用品などを置く為の天井まで届く高さのスチール棚が、部屋を2つに分ける仕切りとなり、部屋の中央にこちら側を向いて並べられている。
棚には数学関連の備品類の段ボール箱が、びっしりと並べられているので、あちら側が見えないように間仕切りの役目も果たしていた。
奧の3畳ほどのスペースには、佐々の仕事机と椅子。ファイル類を整理して並べている小さめの書棚、簡易的に横になれるサイズの、背もたれのない長椅子が置かれている。それらの家具達で、ほぼスペースが埋まっている状態だ。
佐々は由里子の腕を強くつかんだまま、数学備品室に引きずり込むと、バタンッと勢いよくドアを締め、鍵を掛けた。
そしてそのまま奧の部屋に連れていき、つかんでいた腕を離すと同時に、由里子の身体を長椅子の上に放り出した。
最近の佐々は怒りっぽくて、由里子は苦手だった。
「ねぇ、どうして怒ってるの?」
『うるさいっ!自分の胸に手をあてて聞いてみろよ。』
最近の2人は争いごとが絶えない。
正確に言えば、佐々が一方的に怒っているように見えるが、その原因を作っているのは、むしろ由里子だと言ってもいいだろう。
2人が2度目のキスを交わしてから、半年が経っていた。