彼氏(仮)──疑問-6
「貸しとくよ」
「え? なんで?」
「奈々、どうせ濡れて帰るだろ?」
確かに私はその気でいた。
「奈々が濡れることないし」
それに……と、遼君は爽やかな笑顔で
「それ貸しとくと、話し掛けてもらえるかもしれないし」
と続けた。
その笑顔はとても自然に受け止められて、瞳を通じて胸の奥に焼き付くようだった。
遼君が走り去っていく。
叩きつける雨の中を、鞄で頭をかばいながら、地面の水を高く跳ね上げて。
その後ろ姿を、私は見えなくなるまで見送っていた。
何かに胸を締め付けられながら。
切なさとか恋しさとか、そんなキレイなものじゃない。
彼の純粋さを無惨に踏みにじっているという、後悔にも似た苦しさ、自分への怒り、哀しみ。
それらが一つになって胸に突き立てられている……そんな痛みだった。
雨上がりの空は、雲の黒さと空の茜が複雑に混ざり合っていた。
薄く形作られた私の影は、どろりと長く伸びている。
「冷たっ」
電線から落ちた雨の名残が髪を濡らして、思わず声を上げてしまう。