織露府(オルロフ)家の花嫁-1
披露宴が終わった。
控えの間で一人、宮永千夏は深いためいきをついた。これからのことを考えると、気が重くなり、心臓がドキドキしてくる。
豪華なドレッサーに映る花嫁姿は純白のドレスを身にまとい、この上もなく美しかった。二重まぶたの、大きくて黒目がちな目が可愛らしく、頬の線がふっくらしているために、ちょっと見ると少女のように見える。しかし、その表情は不安げに曇っていた。
幸福の絶頂にいるはずの20歳の花嫁の心をブルーにしているものは、期待と表裏一体になった結婚生活への不安でも、新郎に対する「この人で良かったのかしら」といった類の疑問でもない。花婿の織露府淳哉は千夏が通っている大学の研究室で助手をしているが、一目会った時から「この人しかいない」とハートにきた相手であり、その顔を思い浮かべるだけで甘い想いがこみ上げてくる人である。
淳哉の祖父は、ロシア革命の時に日本に亡命してきたエミグレ(亡命貴族)だ。ギリシャ彫刻を思わせるような淳哉の美貌も、ロシア貴族の血が4分の1混じっていると思えば、うなづけるところであった。
しかし、千夏の抱える憂鬱の原因も、そもそもはそこに由来している。
中世以来のロシア貴族の伝統が残っている織露府家には、生活の様々な場面でヨーロッパ中世の暮らしに起源を持つ独特の風習があるという。とりわけ、淳哉の母から結婚式の進め方について説明を受けた時、千夏は最初、自分の耳を疑い、次に激しく抵抗した。すったもんだの挙げ句、困り切った顔で淳哉に頼み込まれ、ついに織露府家のしきたりに従うことを了解してしまったのだ。しかし…。
土壇場にきて、やはり、最後まで嫌だと言えばよかったと後悔ばかりが込み上げてくる。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。千夏は、思わずとびあがりそうになって椅子から立ち上がった。
「ど…、どうぞ…」
返事をした千夏の声は少しかすれている。「失礼いたします」と言って入ってきたのは、織露府家のメイドであった。「家政婦長」だと紹介された彼女は、すでに50歳を超えた年齢であり、10人以上いる織露府家のメイドを統括していると言う。
家政婦長は眼鏡ごしに千夏の顔をジロリと睨み、おごそかな口調で言った。
「準備が整いました。それでは、大広間にお来し下さい。」
大広間には、披露宴の出席者をはじめ、友人、知人、織露府家の使用人など、300人を超える人たちが、いくつかのテーブルごとに集まって座っていた。
マホガニーで作られた重厚なドアが開き、花嫁姿の千夏が中に入ってくると、記念写真を撮る何台ものカメラのフラッシュが一斉に瞬く。
千夏の表情が強張った。
(やっぱり、出来ないわ…)
千夏は、ここで純白のウエディングドレスも、下着も全て脱いで、生まれたままの姿にならなければならないのだ。思わず逃げ出そうとする千夏に向かって、家政婦長がおごそかに言う。
「さあ、お脱ぎになってください。」
「ちょ…、ちょっと…」
待ってくれと言おうとした途端、家政婦長は千夏の背中のフックを外し、ファスナーを下げた。ドレスが床に滑り落ちる。
「あっ!」
戸惑いの声をあげる千夏のことなど全く気にする様子もなく、家政婦長は慣れた手つきで彼女をパンティとブラジャーだけの姿にしてしまった。
小さな布だけしか身につけていない身体に大勢の列席者の視線を感じて、千夏は思わず両手で身体を隠した。
「さあ、ここからはご自分でお脱ぎください。」
そう言って家政婦長が下がり、替わって淳哉の母、真貴子が千夏の横に立った。メイドに替わって花嫁の脱衣を手伝うのは新郎の母親の役割になっている。
「千夏さん、みなさんがお待ちですよ。早くブラジャーを、お取りなさい。」
羞恥心で耳まで真っ赤になり、自分の身体を抱くようにしてかばっている千夏に対して、真貴子は有無を言わせない口調で命令する。哀願するような視線を向けると、真貴子は厳しい表情を見せて言った。
「私も通ってきた道よ。織露府家の嫁になる資格があるかどうか、みなさん見ていらしゃるわよ。」
そこまで言われると、千夏は観念せざるを得なかった。思い切って背中に手をやり、ホックを外す。カップが緩んで乳房が飛び出した。両手を下げるとブラジャーが手首に絡んでいく。