白夜の街-4
「来る?」
波止場でコーリャがリーザに言った。
「私は西へ」
「パパの生まれた街に行ったら訪ねにいくよ」
トーリャが言った。
「待ってるわ」
リーザは機関車で西に向かった。リーザの心ははずんでいた。初めて手にした自由に、そして明日に胸を躍らせて。やがて夕暮れのサンクトペテルブルグのホームに機関車は滑り込んだ。
リーザは一人市街を歩いていた。そこに一台の馬車がやってきた。乗っているのはプチーロフだった。その馬車の後ろをプチーロフのファンたちが追いかけていった。プチーロフは映画監督として、サンクトペテルブルグの著名人になっていたのだ。
リーザはすっかり日の暮れた街を糸の切れた凧のように徘徊していた。心は自由で希望に満ちあふれているはずなのに。気がつくと歓楽街に来ていた。女性たちが侍っている店の向こうに、怪しげな館があった。鞭打ちの館だった。リーザが館の前まで来て立ち止まると、壁一面のガラス戸越しに上半身裸の男が右手に革の房鞭を持って手招きをする。リーザはあたりを見回すと、意を決して館に入った。男は嬉しそうだった。
リーザはコートを脱いだ。それから両手で壁の取っ手のところをつかみ、男に尻を向けた。斜め上の角度から男の鞭が振り下ろされ始めた。バシッ、バシッ。リーザは一定の間隔で訪れる尻の衝撃に耐えながら、すっかり暗くなった通りの方を見た。なにやら見覚えのある男が、館の前に佇んでリーザの方をじっと見ている。もしかしてヨハン? 家でのあのお仕置きの日々が甦る。なのに私はまた、今度は自分の意思で鞭を選んでしまった。バシッ、バシッ。嫌な男の前で尻を鞭打たれている屈辱にリーザは唇を噛んだ。だが、それが自分の運命のような気もした。鞭は憎らしいくらい心地よい音をたてて、リーザの尻の上で弾んでいた。
ヨハンが映画館に入ると、すぐに上映が始まった。映画の字幕にヨハンは見入った。
「監督 プチーロフ
罪への罰
実話ドラマ
いけない子だね
なぜわからないの
最初は軽くお仕置きだ
これに懲りていい子におしよ」
春のネバ川にはたくさんの流氷が押し寄せてくる。ヨハンは移民局にやってきた日のことを思い出していた。ヨハンは夕日に輝く川面をじっと見つめていた。そしていちばん大きな流氷がヨハンの前を過ぎ去ろうとしたとき、ヨハンはその流氷に飛び乗った。その日から、ヨハンの姿を見た者はいない。