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白夜の街
【二次創作 官能小説】

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白夜の街-1

 リーザは窓の外の機関車を眺めていた。まだ雪の残る夕暮れのサンクトペテルブルグ郊外に、旅立ちの汽笛が響いた。
「リーザ、もうママは帰らないんだ」
 父のラドロフは言う。鉄道技師の一人娘として大切に育てられたリーザは、幼い頃母を失った。リーザは夢見がちな少女になった。機関車は西の地平線に向けて鉄路を少しずつ加速し始める。その先にはサンクトペテルブルグ、リーザには未知の都会があった。
「パパ、私たち、発つの?」
「約束したろ」
「西に?」
 ラドロフがうなずくと、リーザは微笑んだ。そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
「レコードが届いたんだわ」
 リーザはそう言うと、駆けだした。
 玄関にはカメラマンのヨハンが訪れ、メイドのグルーニャに何やら耳打ちしていた。リーザに気づいたヨハンが言った。
「どうも」
「パパに? 呼ぶわ」
 ヨハンはリーザの肖像写真をラドルフに頼まれていた。まだ写真が高価だった時代である。だがこの日のヨハンは、グルーニャに会いにきたのだ。グルーニャはヨハンの妹だったが、それを隠していた。兄の裏稼業を知っていたから。それは肖像などではない、別の写真撮影だった。

 

 リーザは路地裏でヴィクトルを捜していた。ヴィクトルはヨハンの手下で、ヨハンの地下スタジオで撮影された写真を密かに売っていた。それはロシア娘が白い尻をばあやなどに鞭で打たれているお仕置き写真だった。主な買い手は上流階級の女性たちである。20世紀初頭のロシアの国土には退廃的な風が吹いていた。
 初めてその写真を見たとき、リーザは一瞬にして心を奪われた。いまにも振り下ろされる鞭の下で、怯えながら罰を待つ少女の尻。ばあやはその尻に視線を凝らし、少女は自分の運命を受け入れるかのようにばあやの膝の上に身を伏せている。むき出しの尻に白のニーハイソックス。諦めたように床に落とした少女の視線。リーザはそのセピアカラーの写真に美学を感じた。そこには人間のストーリーが凝縮されていた。この子はどんな罪を犯したんだろう。少女時代のノスタルジアにぐっと引き込まれていく。大切にされて育った自分にはそんなお仕置きの経験はないのに。リーザは自分が罪を犯し、写真の中のばあやに責められているような錯覚に陥った。

 リーザはヴィクトルから写真を受け取ると、逃げるようにして帰っていった。
グルーニャがリーザを出迎えた。
「パパは?」
「書斎に」
 リーザは自分の部屋で、さっきの写真に見入り始めた。
「リーザ、お父様がお待ちよ」
 グルーニャの声がした。リーザは慌てて写真を棚の中に隠し、食卓に向かった。
「紹介しよう。プチーロフ君だ。プチーロフ君、これからは映画だよ。絵や文学や写真より、動く画像の説得力は凄いだろう。写真はすたれる。新時代の幕開け、映画はその象徴だ。ちょっと失礼」
 ラドルフはグルーニャの機嫌が悪いことに気づき、席を立った。グルーニャはもうラドルフ家の単なるメイドではなかった。
「頼むよ。もう少しの辛抱だ。娘も成長したし」
 ラドルフはなんとかグルーニャをとりなそうとした。
 食卓ではリーザが、若い写真技師プチーロフと向かい合っていた。
「あれは?」
「蒸気機関車よ」
「写真は好き?」 
 リーザは複雑な表情を浮かべた。そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。ヨハンが、できあがったリーザの肖像写真を持ってきたのだ。
「いい出来だ」
 ラドルフは満足そうだった。リーザは写真をプチーロフに見せた。プチーロフは少し困ったような顔をした。プチーロフはヨハンに借金があり仕事も手伝っていて、ヨハンには逆らえなかった。
「リーザ、いつかモデルに」
 プチーロフはそう言うと、帰っていった。


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