白夜の街-2
リーザはプチーロフの願いを受け入れた。戸外には少しずつ春を予感させる風が吹き始めている。その日のリーザはいつになく快活だった。
「リーザ、待って」
カメラと三脚を抱えたプチーロフが鬼ごっこのようにリーザの後を追った。そんな若い二人がいなくなったラドルフ家に、弁護士がやってきていた。
「ありがとう。面倒をかけたな。あとは任せるよ」
「もう少し検討して電話します。でも、考え直されたほうが」
弁護士はそう口ごもりながら帰っていった。ラドルフは先日、心臓の発作を起こしたばかりだった。グルーニャがラドルフの部屋に入ってきた。
「寝てなきゃ駄目でしょう」
「じつは、遺言状を修正したんだ。知ればきっと驚くぞ」
「いまから遺言状なんて縁起でもない。それよりこの写真、リーザの部屋に」
「写真? 見せてごらん」
その写真を見た瞬間、ラドルフの顔は強ばり、再び発作を起こしてその場に倒れ込んだ。
ラドルフは亡くなった。葬儀が済んだあとのラドルフ家にあの弁護士が訪れた。
「補足条項。娘リーザ・ラドルフは婚姻が成立したのち相続権を得る。その結婚相手は本人の自由意思で選ぶこと。それまでは私の意向により、すべての動産・不動産・現金・有価証券等について、私が任命した後見人、グルーニャ・ボシフが管理・保全に当たることとする」
ラドルフはグルーニャにリーザの母親役を望んだのだ。グルーニャの顔からは思わず笑みがこぼれた。
食卓にはリーザとプチーロフがいた。
「リーザ、僕が力になる」
グルーニャが入ってきた。
「プチーロフ、そろそろもう遅いわ」
「ええ。じゃ、リーザ」
そのとき、奥の部屋からヨハンが現れた。プチーロフは驚きながら言った。
「こんにちは」
玄関にはヴィクトルが、ヨハンのばあやを連れてやってきた。
「ばあや!」
ヨハンはばあやにすがりついた。
「なんだい、あんた」
リーザはヴィクトルを見て驚いた。このとき初めて、リーザはここにいる人たちが皆あの写真撮影に関わった仲間なのを理解した。
「やあ、リーザ」
リーザは顔を隠すと、逃げるように奥の部屋に消えた。
「プチーロフ、帰って」
グルーニャが言い放った。
プチーロフはラドルフ家に呼ばれていた。といっても、家の中を仕切っていたのはもうグルーニャとヨハンだった。ヨハンはリーザに好意を抱いていたがリーザに嫌われ、逆に復讐心が芽生えていた。プチーロフは映画カメラを見つけて興奮していた。
「これ、使っていい?」
「ほら、フィルム」
ヴィクトルが手渡した。それからヴィクトルはばあやを呼びにいった。隣の部屋にはリーザとヨハンがいた。
「もう求婚はしない。その代わり」
険しい表情でヨハンが言った。
「グルーニャ」
リーザに助けを求めるように呼ばれたグルーニャは、黙って部屋を出た。
やがて服を脱いだリーザが皆の前に現れた。驚いたのはプチーロフだけだった。
「プチーロフ、写真と同じようにやれ。さあ、ばあや」
ばあやが入ってきた。
「いけない子だね。なぜわからないの。最初は軽くお仕置きだ」
ばあやはリーザをひざまずかせ、長椅子の上にリーザの上半身を俯せに乗せると、木の枝を束ねたような鞭でリーザの尻を打ち始めた。ピシッ、ピシッ。プチーロフは黙ってカメラを回し続ける。ヨハンもヴィクトルも、リーザのお仕置きの光景を食い入るように見つめている、そしてグルーニャも。皆押し黙ったままだ。そしてリーザも、強制された不条理をただ黙って受け入れている。ピシッ、ピシッ。
「これに懲りて、いい子におしよ」
服を着たリーザは廊下でプチーロフと出くわした。
「リーザ、僕が力に」
「もう遅いわ」