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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-1

01

まだ真新しい紺のセーラー服に身を包み、肩まである髪の毛が、ため息をつく度に揺れる。授業中の教室の中で浮かない顔をしているのは、特別彼女一人だけというわけでもないが、ため息をついているのは、その少女だけだ。
「美優(みゆう)さん? どこか具合が悪いんですか?」
「い、いえ。大丈夫です」
先生に声をかけられ、美優はふと我に返り慌てて応えた。
美優は先生が黒板にチョークを走らせたのを確認し、再び頬杖を付き空中に視線を泳がせてため息を吐き出した。
美優が中学に上がったばかりのこの時期、託児所はとある深遠な問題を抱えていた。
職員はそのことで頭を抱え、美優も同じく学校へ行き、黒板とにらめっこをしていても集中できずに懊悩(おうのう)としていた。
深遠な問題――託児所の子供達が、最近新たに預けられた一人の女の子によって傷つけられているのだ。
ある時は平手で三歳下の子を何回も叩き、またある時は箒で五歳下の子を殴ったりもした。その子が暴力を振るったことに一体どんな理由があるのか、美優には検討もつかないが、例えどんな理由があろうと他人を傷つける行為は良くはない。
もちろん託児所職員は「暴力を振るってはいけません」とその女の子を何度となく叱ってはいるのだが、女の子の行為は留まる気配がなく、逆に悪化の一途を辿っている。
女の子が木製の椅子を振り上げて児童に殴りかかろうとしているのを職員が発見し、危ういところで取り押さえたということもあった。
このままでは、子供たちの心に癒えることのない傷ができてしまうかもしれない。
「どうにかしないとまずいよなぁ」と美優は独り言ちるが良い打開策は見つからない。
――何も今、この時期に問題を起こさなくても……。
誰にも気づかれぬよう、美優は小さくため息をついた。
彼女がそう憂いているのは、一月後に託児所の子供達全員で児童公演を行う予定があるのだが、このまま問題の女の子が他の子に暴力を振るう事態が続けば、公演中止になってしまう可能性があるからだ。
公演が目前に迫っているということで、子供達は公演する演劇を既に練習している。中止になってしまえばそんな子供達の努力が水の泡となってしまうだろう。
それともう一つ、この公演には美優の、ごく個人的な思い入れがあった。
今年の児童公演に使う脚本を彼女自らが執筆しているのだ。
美優は座席からそう遠くなく、あまり近くもない窓の向こう側を眺め、もう一度ため息をついた。

学校が終わると美優はいつも通り託児所へと向かった。彼女は平日の学校帰りには決まって託児所へ赴き、子供達の面倒を見ている。それは自分がお世話になった託児所への、ささやかな恩返しの意味合いもあるのだが。
教会の重い扉を開き中へ入ると、美優は女性職員に声を掛けられた。
「美優ちゃん。いらっしゃい」
「シスター。……今日の被害者は何人だったんですか?」
「あらよくわかったわね。全部で二人」
美優は渋い顔をしてため息をついた。
「犯人は茜(あかね)ちゃん、ですよね……」
「そう。ああ……あの子はどうしてこんな酷いことを何度も繰り返すのでしょうか」
美優がシスターと呼んだ女性は両手を合わせ、祈るように頭を下げた。
彼女は敬虔な信者なのだろう。金糸で刺繍された白い衣を身に纏い、ヘッドドレスが髪の毛を隠すように頭部を覆っている。
その上から更に、シスターの体を縛る金属の付いた皮製の拘束具が巻かれていた。
――拘束具を付ける癖がなければ普通の人なのに、と美優は思った。
託児所の子供が悪戯をしたり、喧嘩をしたり、壁に落書きをしたり、何か悪さをした時にシスターは決まって拘束具を身に付ける。


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