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深淵に咲く
【純文学 その他小説】

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深淵に咲く-12

「違うわ。違うのよ。これは、私自身の問題なの」
「私自身?」
「そう。これから、罪深き行為を、やらなければいけないから……」
シスターは瞳を細め、唇の端を少しだけつり上げた。微笑みと取れる表情だが、しかし美優にはそれが悲しみの表情に見えた。
「なにを、やるんですか?」
やらなければいけない……。シスターが何を思っているのか、何をするつもりなのか、美優は不安で仕方がない。先ほどまで赤く火照っていた顔が、青ざめていく。
「美優ちゃん、いるかい?」
廊下側から所長の声が聞こえてきた。美優はその声にはっとして、手に持ったハンカチを落としてしまった。そのハンカチを見て、拘束具に縛られているため文字通り手も足も出せないシスターが慌てふためく。
なんとか彼女の手にハンカチを戻そうとうねうね動く。彼女の思考が口で拾えば良いんだと帰結する直前に、美優がシスターを落ち着かせてハンカチを拾った。
「居ますよ、所長。何ですか?」
「ちょっと、手伝って貰ったボランティアの方々にお礼参りに行こうと思ってるんだけど、美優ちゃんもどうかなって思って」
「あー」美優の視線が扉とシスターを行き来した。シスターはいってらっしゃい、という風に頷き笑みを浮べた。
「はい。連れてって下さい」
シスターの態度にひっかかりながらも、美優はハンカチをポケットへとしまった。
「美優ちゃん」
すぐに行くべきかどうか迷っている美優に、シスターが慈しみの籠る声をかける。
「今日の演劇。子供達の演技もそうだけれど、脚本も素晴らしいわ。本当に、良かった」
「そんな……真面目な顔で褒めないで下さい。恥ずかしいです」
「ねえ美優ちゃん。あの花は、あなたに咲いたのかしら?」
美優は一瞬で、演劇に出て来たアイテムである花を思い返した。しかしあれは架空の花で、どこにもない花だ。
しかしシスターに茶化すような雰囲気はなく、至極真面目に、その花があるのだと信じ込んでいるかのように、美優を見て微笑んでいる。
美優が口を開き――、
「美優ちゃーん。もう行っちゃうよ?」
「は、はい、今行きます!」
時計を見て足踏みをしているかのような声を出す所長へ、美優は慌てて返す。そのまま扉に手をかけ、後ろを振り返る。
私はシスターに、なんて言おうとしたんだろう? 軽く、気づかれない程度に首を傾げるが、言い損なった言葉は美優の中で完全に形を失っていた。
ほら、所長が待ってるよ、というような表情のシスターにしぶしぶ頷き、美優はトイレを後にした。

「あの……」
所長の後ろをついて歩く美優が、切羽詰まったような声を出した。その声色に反応した所長が、足を止めて振り返った。
「うん?」
「一つ、前々からずっと気になっていたことがあるんです」
「気になっていたこと?」と所長が軽く身を乗り出した。
「シスターの手足に巻き付けている拘束具ですが、どうやって一人で取り付けていると思いますか?」
美優はシスターを思い浮かべながら、手でどんな拘束具なのかジェスチャーをした。
シスターは誰に助けを請うことなく、いつのまにか拘束具を体に巻き付けて美優の前に姿を現す。どうやって一人でそれを取り付けているのか、もしかしたら誰かが手助けをしているんじゃないかと、美優は思っていたのだ。
しかし、所長は怪訝な表情を浮かべて唸った。
「シスター? それって、なぞなぞかい? 美優ちゃんは一体どんなところで拘束具なんて知識を得るんだい。……普通に考えるなら、手伝ってくれる人がいないと無理だよ。拘束具は、自分自身を縛るために出来てないからね」
「そう、ですよね」
やっぱり……そうなんですよね。
所長の答えを聞き、美優は諦めたように呟いた。


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