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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-98

「今日はちょっと海が荒れてたみたいなんですけど、大丈夫でした?」

運転手の男性が穏やかな声で聞いた。

「はい。僕は大丈夫だったんですけど、彼女が…。」

哲也はそう言うと言葉の続きを促すかのように千鶴を見た。

「寝れたので大丈夫です。今はスッキリしてます。」
「そうですか。よかった。普段はもっと穏やかなんですけどね。低気圧が抜けたりすると、外海はすぐ荒れちゃって。」
「そうなんですか。僕は船旅は初めてだったので、十分楽しませてもらいました。」
「それは良かった。」

ペンションに着くと2人は荷物を置いて近くの浜辺まで散歩する事にした。
ビーチサンダルに履き替えた足に日焼け止めを塗り、2人は集落の細い道を手を繋いで歩いた。

白く輝くアスファルトが目に痛かった。心なしか本島より涼しく感じた。島を抜ける風は穏やかで、そこはかとなく神の存在を感じさせた。
道の角には石敢當と書かれた石が置かれていた。中にはブロック塀に直接書かれている所もあった。
沖縄ではイシガントウと呼ばれているらしいが、全国的にはセキガントウと呼ばれている。これは、悪霊の侵入を防ぐための民間信仰の1つで、島の人の信心深さが感じられた。
阿嘉島の半分以上は山で、今でも未開発で人の手が入っていない。なぜなら、そこらは神々が住む領域で、人が無闇に立ち入ってはいけないからだ。その土地の持ち主は、昔からこの島に住み、代々その土地を守っている。
島の土地は神々の領域だけでなく、人の住む集落も簡単に売買されることはない。だから、移住しようとしてもなかなか移住できないそうだ。

観光客を温かく迎え入れる温厚な沖縄の人の心の裏にも、こういった排他的な慣習が存在している。しかし、その慣習や信仰心が沖縄の美しい海や野山を守っているのだ。

暫く歩くと、自転車に乗った地元の子供が坂道の曲がり角を勢いよく降りてきた。色の焼けた3人の女の子達は、小学校高学年くらいの少女を先頭に長い髪を靡かせて2人に近づいてきた。そして2人の目の前まで来た時、「こんにちは」と大きな声で挨拶をして通り過ぎて行った。
哲也が振り返り、「こんにちは」と大きな声で言いながらその子供達に手を振ると、子供達も自転車を止め、再び元気良く「こんにちは」と言って、クスクス笑いながら手を振った。
哲也が千鶴を振り返ると、自転車の子供達を追いかけて来たと思われる幼い男の子が、哲也と千鶴を上目で見ながら、おずおずと「こんにちは」と呟いた。2人がその男の子に優しい笑顔で「こんにちは」と答えると、男の子はニコッと笑い、再び前の自転車軍団めがけて駆け出した。

「かわいいね。」

走り去る男の子の後姿を見ながら、哲也が呟いた。
千鶴は微笑みながら、繋ぐ手をギュッと強く握り締めた。



幼い男の子が走り去る姿を優しく見送る哲也の眼差しを見ていたら、2年前の阿嘉島で出会った少年を思い出した。

見ず知らずの千鶴を不安気に見上げ、喉の痞えを懸命に取り払うかのように挨拶をしてくれた少年の声は、彼女の心の隅々まで響き渡った。そして、その背中に力強い何かを感じた。
蚊の鳴くような小さな声だった。笑顔を見せる余裕さえなかった。でも少年のその小さな声は彼女の心に確かに響いた。


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