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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-99

独り旅の阿嘉島から戻り、年を越して暫くした頃、千鶴は慎治と別れた。
最後の最後まで慎治との結婚を諦め切れない自分もいたが、最終的には、やはり別れることにした。
慎治は最後まで千鶴を好きだと言ってくれた。
でも結婚だけは拒み続けた。
頭の良い彼は、彼女の心の奥底を見抜いていたのかもしれない。
それでも好きだと言い続けてくれた、彼の優しい言葉が彼女は嬉しかった。

今、別れて純粋に思う。
彼女は直樹も慎治も彼女なりに愛していた。
直樹との10年間、良い時もあれば悪い時もあっただろう。重ねた時の長さだけ屈折した感情も生まれたかもしれない。それでも愛情や友情、それを超えた「情」もそれ以上に深かったのだと思う。
社会人になり、自分の人生が思うように進まなくなった彼女は、今まで同様順風満帆に進んでいる直樹の人生が羨ましかった。自分との差を見せ付けられているようで、もがき苦しんでもいた。しかし、当時の彼女はそれを素直に認めることさえきなかったのだ。
直樹に認めてもらいたいと思い、彼に尽くした。彼に必要とされたかったからだ。
しかし彼は優しい言葉さえかけてくれなくなっていた。彼なりに優しさを表現していてくれたのかもしれない。でも、彼女はそれに気付くことさえできなくなっていた。
自分に自信を失い、直樹からも見放されていく気がして、彼女は余計に萎縮した。
自分への自信に必要以上に枯渇していたのだ。
まるで子供のように、直樹から誉めてもらいたい、優しい言葉をかけてもらいたい、彼からの愛情が欲しいと願っていた。
しかし、その気持ちを直樹にぶつける事はできなかった。
なぜあの時、そうできなかったのかと後悔したことは数知れず、ただ黙って耐えていた自分が情けないと、今では冷静に思う。そう過ごした事が、逆に直樹を無意味に傷つける要因となったのだ。

彼女は、慎治と付き合うことで、自分の自信を取り戻したかった。彼は少なくとも千鶴を大切にしてくれていたし、彼と一緒にいると素直な笑顔が取り戻せた。

しかし、その影には常に直樹の亡霊が存在していた。そして、その現実が彼女を苦しめた。
直樹だけではない。彼女の軽率な行動で苦しめた両親や振り回した友人への罪の意識と、それを拭い去るために傲慢に慎治につきまとっている自分の現実があった。

結局、彼女は自分のことしか考えていなかったのだ。

明るく優しく、頑固で潔い慎治に彼女は憧れていた。凛とした慎治が好きだった。

もし、慎治と千鶴が別のところで始まっていれば、2人はもっと違った愛情を育む事ができたのかもしれない。
慎治に出会い、彼に心ひかれ始めた時、もっと能動的にその愛を表現し、彼の胸へ飛び込んでいれば、また違う関係が成り立っていたのかもしれない。
しかしそれは既に過ぎ去った過去の出来事で、どの道を選んだとしても、直樹を傷つけた事に変わりはない。

そして、彼女はどちらにせよ、直樹の影に追い回される事になるのだ。

慎治との愛は代償にしたものが多すぎた。その愛情は不必要なしがらみに雁字搦め(ガンジガラメ)になり、それは2度と解きほぐされることはなかっただろう。

誰かを傷つけて得られる幸せなど、どこにもないのだ。

罪の意識に苛まれながら幸せを掴むには、彼女は意思が弱すぎた。
直樹と慎治を愛しすぎていたと言ったら、言葉が美しすぎるかもしれないが、それも間違いではない。
彼女は2人にずっと憧れていた。自分ができなかった何か、失った何かを持っているように思っていたからだ。

最後の夜、慎治が彼女の部屋のドアを開け「ご馳走さま。ありがとう。」と小さく呟きながら出て行く姿を横目に見ながら、千鶴はもう2度と会うことはない…会ってはいけないと懸命に自分に言い聞かせていた。そして、その切なさに打ちのめされそうになる自分を必死に抑えた。


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