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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-97



優しく肩を叩く哲也の手の温もりを夢の中で感じていると、「もう着くよ。」という彼の声がどこからともなく聞こえて、彼女は浅い眠りから目覚めた。

「大丈夫?」

哲也が千鶴の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫。寝たらすっきりした。」

寝ぼけた頭で辛うじて言葉を発すると、体がゆっくり目覚めていくのを感じた。

美しいターコイズブルーの海に堂々と立ち塞がるコンクリートの壁を超えると、更に明るい水色の海が広がった。その奥に船を見ながら集まる人の群れが見えた。その集団がだんだん大きくなると、船は大きな橋の下にひっそりと鳴りを潜めた港に着いた。

阿嘉島の小さな港には、何人もの人が集まっていた。

阿嘉島は慶良間諸島に属する人口400人に満たない小さな島で、島に唯一ある集落はいつも閑寂としている。信号機も島の中に1つしかなく、教育上、子供が本島に行った時にその存在の意味がわからないといけないから作られたもので、本来、島には信号機も警察も道路交通法も必要ない。
 コンビニもなく、食事ができる店も島に1軒しかない。
 おじぃが乗る軽トラックには、釣り道具の他に缶ビールがドリンクホルダーにセットされている。そもそも軽トラックに乗るおじぃが免許を持っているかどうかも疑問だそうだ。
 生活に必要な物資は定期的に本島から運ばれる物に頼るか、自分で本島まで行って買い付けてくる他ない。
 お巡りさんも1ヶ月に1度だけ、本島から巡回してくるだけだそうだ。

港に集まっている人の殆どが、宿泊客を迎えに来たペンションや民宿のオーナーだろう。それぞれ宿の名前を書いた画用紙を片手に持って、船を迎え入れていた。
船はゆっくりとエンジンを止め、船員が桟橋の職員めがけて太いロープを投げた。美しい放物線を描いてそのロープがコンクリートの上に落ちると、職員達は力強くそれを引っ張ると、太い杭のようなコンクリートの突起物に巻きつけた。海の男達の汗ばんだ鼓動が聞こえてくるようだった。船からは錨が下ろされ、乗客が降りるための渡しが桟橋に架けられた。

船内の乗客は次から次ぎへと乗降口に集まり、降船許可の合図を今かと待っていた。
どの人の顔にも笑顔が浮かび、初秋のバカンスを心待ちにしている穏やかな空気が船全体を包み込んでいた。

哲也と千鶴が最後の方に船を下りると、若い男性が声をかけてきた。

「林様ですか?」

その男性の浅黒く焼けた肌と童顔な顔のつくりが、彼を若々しく見せていたが、落ち着いた立ち居振る舞いや目尻の笑い皺は、千鶴と同世代である事を物語っていた。
男性は、2人が宿泊するペンションのオーナーであると自己紹介をしてから千鶴のトランクを受け取り、歩き出した。

彼は白いバンの前で止まり、その車の中に2人の荷物を乗せた。
車にはペンションの名前や電話番号などは書かれていなかった。その男性は荷物を積みながら、車に文字を書くのは好きではないと2人に笑顔で説明してくれた。
どことなく、島の人にない都会的な雰囲気があると、千鶴は直感的に思った。

車は港を抜ける急な勾配の坂道をけたたましいエンジン音を唸らせながら、一気に登りきった。
車の窓からは太陽の光にキラキラ輝く美しい海が一望できた。


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