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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-96

明け方、まだ暗いうちに彼女は眠い目をこすりながらトボトボ港へ向った。辺りはまだ薄暗く、空は所々厚い雲に覆われていた。

港に着くと人影はなく、彼女は目の前に広がる静かな海をただ独りぼうっと見ていた。砂浜に降り立つと朝露に濡れ、湿った砂が彼女の足に触れた。しっとりとしたその砂は、まだ眠りから覚めていない現実を彼女に知らせているようだった。

波打ち際に打ち寄せる波を掬った。海水は生暖かく、彼女を包み込む大気は秋を思わせる冷たさがあった。

薄っすら明るくなるのを感じて、その光の方に目をやると、港の桟橋につながるコンクリートの凛とした冷たい壁が眼に入った。

なんとなくその上から朝日を見たい気になって、彼女は高いその壁を登った。

壁を登るとそこは外海だった。

浜辺より力強い波がコンクリートの遥か下に打ち付けて、白い波飛沫を上げていた。

空を茜色に染めていたか弱い光が海面を照らし始め、その光を頼りに左の方を見ると、水平線の向こうから僅かに顔を出し始めた太陽が見えた。

彼女はそのコンクリートの壁に座り込み、一筋の弱々しい光を眺めていた。
朝露で濡れたコンクリートは夜の冷え込み物語っていた。

濃紺色をしていた海はだんだんと鮮やかな色を浮き上がらせ、海面は波のざわめきと共にその光を反射した。

キラキラ輝く海面に見とれていると、水平線の上に赤に近いオレンジ色の太陽が美しい半円を描き上りだしていた。

太陽は厚い雲を所々茜色に染め、太陽に染められた厚い雲はオレンジ色の輝きを放ち、海はその輝きを拒むように光を反射していた。海風は優しく彼女を包み込み、波音は囁くように耳に届けられた。
明けゆく空と上りゆく太陽がそれぞれ別の所に存在しているような、その間を分厚い雲が一生懸命繋ぎとめているような、そんな妄想が掻き立てられた。
彼女は波音を遠くに聞きながら、オレンジ色に激しく輝く太陽をじっと見つめていた。

その太陽に、昨日の少年の頼りない眼差しを見ていた。
同時に、その少年の背中に彼女が忘れていた何かを見た気がしていた。
小さくか弱い少年の後姿は、小さいながらに何か強い力を感じさせた。

千鶴の頬に涙が伝った。
それでも、彼女は上りゆく太陽を見つめ続けた。

太陽のオレンジは激しさを増し、風が穏やかに海を駆け抜けていた。
彼女はオレンジ色の太陽を睨みながら、視界の下で嫋(タオヤカ)に輝く水面(ミナモ)を感じていた。

太陽が水平線からその全貌を覗かせた時、不安げな少年の眼差しは消え、千鶴は慎治と別れる決意を固めた。



そうして初めての独り旅の幕は下ろされ、彼女は東京へ帰っていった。

タイから帰ったはずの彼女が、なぜかハワイのチョコレートをお土産にした事を、慎治は大して気に留めていないようだった。
彼にはいつも現地のお土産を買っていたのだが、さすがにお土産に困り、彼の好きなマカデミアンナッツのチョコレートを那覇の空港で買った。突っ込まれた時の返答も用意していたのだが、慎治は特に何も言わず「ありがとう」と言って無造作にキッチンのカウンターにそれを置いて、冷蔵庫からビールを2本、取り出した。


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