やわらかい光の中で-81
哲也は土産の袋を無造作に持ち、千鶴はその彼のTシャツの裾をチョコンと掴みながら、2人は国際通りの中を公設市場へ向ってダラダラと歩いていた。
人波を縫って爽やかな風が国際通りの中を駆け抜けていく。まだ勢力を失っていない太陽は、ジリジリと彼女の肌を焼き付けた。昼間の強烈な光線がアスファルトに反射し、更に強さを増して彼女達の目に届く。日陰に入ると心なしか安堵感を覚えた。
まだ、夏がここにある、そんな気さえしてくる太陽だった。眩しさに耐えながら、空を見上げると、雲一つない快晴だ。濃い水色の美しい空色は、彼女の心を躍らせた。しかし、その空の高さは夏の終わりを告げ、静かな秋の装いにすっかり変わっていた。
なんとなく目に留まった南国風の雑貨屋の前で、彼女は掴んでいた哲也のTシャツを小さく引っ張った。彼が軽く立ち止まり、千鶴を振り返ると、彼女は微笑みながら店内の方へ目配せした。その合図に彼もニコッと笑い、2人はどちらからともなくその店に入っていった。
ボサノバの優しいメロデーが流れる店内は、通りの騒々しさを忘れさせた。うなぎの寝床のような細長い店の中には、琉球ガラスのグラスやお皿、アクセサリーやオリジナルTシャツなどが、所狭しと並べられている。
2人は離れ、それぞれ興味のある商品を手にとって見ていた。千鶴は琉球ガラスのキャンドル、哲也は店オリジナルと書かれたTシャツを広げながら鏡の前で自分に合わせていた。
暫くして、レジの方から哲也の呼ぶ声がした。
千鶴は手にしていたグラスを元に戻し、彼の許へ足を向けた。彼はレジの前に陳列されていた、ちゅら球と呼ばれるガラス製のウキをモチーフにした携帯ストラップを手に、ニッコリと千鶴を見つめた。
「これ、よくない?」
「かわいいね。」
「何色がいい?」
「買ってくれるの?」
「うん。」
「じゃぁ…水色のがいい。」
「オッケー。オレ青にしよっと。」
「じゃっ、青は私が買うよ。」
「いいよ。」
「いいじゃん。お互いにプレゼントしあおう。」
「いいよ。別に。このくらい。」
「このくらいだから。なんか、高校生みたいでかわいくない?」
千鶴がそういうと2人は笑顔で見つめ合い、それぞれ相手の選んだストラップをレジの女性へ差し出した。2人の話しを聞くとなく聞いていたその店員が、意味あり気に贈り物かどうか尋ねてきたので、2人は照れながら小さく頷いた。
沖縄訛りのその女性の声が温かく2人の心に響いた。
公設市場は魚屋や乾物屋などが軒を連ねていて、土産を買う事もできるし、自分で選んだ魚介類をその場で食べる事もできる。同じ店で魚や貝、蟹など気に入った食材をまとめて買うと表示額より少し安くしてくれるのだが、その料金交渉時の店の人との会話が千鶴は好きだった。
2人は買う店を慎重に選び、新鮮な魚と海老、貝など何点かとその調理方法を決めた。哲也がその金額を営業で鍛えた交渉能力を駆使して値切った。底値で買う事ができたかどうかはわからないが、店のおばちゃんに奥さんと呼ばれた事が、千鶴はなんとなく嬉しかった。そして、それを否定しなかった哲也を横目に、小さく微笑んだ。