やわらかい光の中で-79
なぜあの時、哲也にそう言ったのかは自分でもわからない。でも彼女はその時の自分の突拍子もない発言を後悔してはいなかった。
そして千鶴は、このデップリとしたお腹の、年下とは思えない哲也と付き合う事になったのだ。
それから2ヶ月が過ぎようとしていた頃、2人で旅行に行かないかと提案してきたのは哲也だった。
彼は近くの温泉にでも行くつもりだったらしく、高級旅館のパンフレットを何枚か嬉し気に千鶴に見せてきた。
始めのうちはそのパンフレットの中から行きたい温泉旅館を選別していたのだが、話しているうちに、彼女はどうしても沖縄の阿嘉島(アカシマ)に行きたくなった。
阿嘉島とは沖縄本島から高速船で1時間程度の離島だ。
2年前、彼女が初めて独り旅した島だった。
あの時、阿嘉島で見た朝日を哲也と2人で見たいと千鶴は思った。
パンフレットを集めてくれた哲也には悪いとも思ったが、沖縄に行った事がないという彼は、喜んで彼女の提案を受け入れてくれた。
そして2人は金曜日の最終便で沖縄に向かい、那覇に宿泊してから次の日、阿嘉島へ向う旅行計画を立てたのだ。
◇
飛行機が轟音(ゴウオン)と共に滑走路を走り出した。スピードに乗り始めると、その音は更に凄みを増した。
暫くして独特の浮遊感と共に機体が斜めに傾き、飛行機は月とは反対方向にその船体を向け、夜の大空へ飛び出した。
彼女はシートに体を埋め、隣の哲也が目を瞑っているのを確認すると、目の前のポケットから先程入れた読み途中の文庫本をおもむろに取り出した。
◇
飛行機が予定通り那覇に到着すると、2人は急いで那覇の繁華街、国際通りを目指した。
宿泊先は国際通り沿いの新しいホテルだった。ビジネスでも利用されるそのホテルは、最近、沖縄に進出しだした大手メーカーの出張社員の宿泊を見越して造られたものだが、土地柄か、観光客の利用も多い。便利な国際通り付近の無機質なビジネスホテルに比べると、内装も凝っていて、洗練されたお洒落な造りになっている。その上、ビジネス利用の為の施設も充実していた。
2000年に沖縄でサミットが開かれたが、その際に沖縄初のモノレールや高速道路など沖縄の観光開発が進み、それと同時にホテルやレジャー施設なども近代化が進んだ。
モノレールの県庁前という駅を降りると、11月とは思えないくらい蒸し暑く生温い湿気が彼女達を出迎えた。
爽やかに頬を滑る風がどことなく秋の訪れを感じさせたが、その熱気にも似た湿気はジャケットを脱がせるには十分だった。
2人は、駅近くのホテルまでトランクを転がしながら歩いた。ホテルにチェックインを済ませたら、その足で、千鶴が沖縄に来ると必ず行く事にしていた鉄板焼きのステーキハウスへ行く事にしていたのだ。
夜更けの国際通りをラフな格好に着替えた2人は手を繋いで歩いた。
煌々と明かりに照らされた通りには、お洒落な雑貨屋や土産屋が立ち並び、道路いっぱいに観光客や地元の人が広がって歩いていた。
10年以上前、千鶴が初めて沖縄に来た時は、この国際通りもどことなく場末な感じ残り、異国の香りがする情緒豊かな街並みだった。沖縄への旅行が代理店などで取り上げられたばかりの頃で、今ほど観光開発も進んではいなかった。
潮風に当たり痛んだコンクリートもそのままに、看板のペンキが剥げて字が読み難くなっていても放ったまま開店いる店が殆どだった。店先には、どこまでがその店の物かわからないような乱雑振りで商品が並べられ、商品を手に店内に行くと、実は隣の店の商品だったこともある。